◆リバモアについて
今回は「システム・トレーディングの先駆者」であるエドワード・アーサー・セィコータ(通称エド・セィコータ)を取り上げています。彼がシステムを開発する際に参考にしたのは、リチャード・ダウド・ドンチアン(1905-1993)のシステム・トレーディングと、ドンチアン(1905-1993)をマーケットの研究へと誘った「デイトレードのパイオニア」といわれるジェシー・ローリストン・リバモア(1877-1940)の伝記小説『Reminiscences of a Stock Operator株式オペレーターの回想』(邦題『欲望と幻想の市場 - 伝説の投機王リバモア』)だったといわれています。セィコータとドンチアン、この二人を魅了したリバモアとは、いったい如何なる人物だったのでしょうか。
リバモアは米国では市場関係者で知らない者はいない、といわれるほど高い知名度を誇る人物です。詳細は次回に取り上げることにしますが、ここでは『株式オペレーターの回想』という書籍について触れておきましょう。この書籍は元々、米国の週刊誌『サタデー・イブニング・ポスト』(現在は隔月刊)に掲載された小説であり、主人公の目線で描かれたフィクションでした。
しかし、この小説には第一級の相場哲学書といえるほど、随所にマーケットの真理が散りばめられており、著者のジョージ・エドウィン・ヘンリー・ルフェーブルとはリバモアのペンネームであり、この小説を通じて彼は自伝を書いた、などと誤解している人も多いといわれています。
ルフェーヴル(1871-1943)は実在した米ジャーナリストであり、外交官も経験した作家でした。本書の他にも『Wall Street Stories』(邦題『ウォール・ストリート・ストーリーズ―投機家たちのオンリーイエスタデー』)をはじめ、マーケットに関する著書をいくつも残しており、最終的には株式仲買人にもなっています。それにしてもリバモアが書いたのではないかと疑われるほどの作品を、彼への数週間のインタビューだけで書き上げたといわれており、ルフェーブルには人物の本質をつかむ卓越した能力があったようです。
この小説が書籍として初めて出版されたのは1925年でした。何と100年近くも前に出版された投資関連書籍がいまだに読み継がれているわけです。本書は、セィコータやドンチアンだけでなく、第49回で取り上げたタートルズのリチャード・デニスや伝説の商品ヘッジファンド、コモディティーズ・コーポレーション出身でトップトレーダへのインタビューをまとめた『Market wizards(邦題:マーケットの魔術師)』を著したジャック・D・シュワッガーのほか、米投信会社フィディリティ・インベストメンツを創業したエドワード・クロスビー・ジョンソン19世(1898-1984)など、多くの市場関係者に多大な影響を与えたといわれており、超ロングセラーである理由はそこにあるようです。加えて、1987年から2006年まで米連邦準備制度理事会(FRB)議長を務め、マエストロ(指揮者)と呼ばれたアラン・グリーンスパン(1987-2006)も回想録『The Age of Turbulence』(邦題『波乱の時代(上・下)―わが半生とFRB―』)の中で本書を取り上げ、「投資の知恵のフォント」と称えました。「フォント」とは書体という意味ですが、ここでは「源泉」という意味で使われているようです。
◆セィコータの投資哲学
そんなリバモアやドンチアンに魅了されたセィコータが使うトレンド・フォロー・システムは、特別なパターン認識とマネー・マネジメントのルールを備えた基本的なものであり、重要な点は①長期トレンド、②現在のチャート・パターン、③最良の売買ポイントをつかまえることにあります。一方でファンダメンタルズについては、既に相場に織り込まれているので、あまり役に立たないものとして彼は否定的でした。
このような哲学に基づいて開発されたトレンド・フォロー・システムを使ったトレードでは、情報端末はスロットマシンと同じと考えて使わず、短期の日計り商いも行いません。代わりに翌日のシグナルを出すためのプログラムを走らせるだけ、といった簡単なものでした。そして、①損切りを早く、②利食いはじっくり、③ポジションは小さく、④躊躇なくルールに従う、⑤ルールを変えるべき時を知る、という5つのルールを挙げています。④と⑤は一見矛盾しているように思われますが、彼はトレードをしながら並行して常にシステムをブラッシュ・アップしているため、この2つは両立するものとなります。
また、彼が考える良いトレードの要素とは、①に損切り、②に損切り、③に損切り、だと言い切ります。そして負けが続いているときは取引量を抑えながらトレードを続けてチャンスを待つものの、損失を何とかして取り戻そうとする感情は致命的だと切り捨てています。この辺りはリバモアの投資哲学に倣っているのでしょう。
セィコータが触っている市場は、主にコモディティの先物であり、株式市場については「他の全ての市場と違う動きするし、株式市場とも違う動きをする」と表現しています。株式市場が株式市場と違った動きをするとは、非常に理解に苦しむ表現ですが、株式市場は簡単に認識できるようなパターンをめったに繰り返さないため、理解しようとすることは無理がある、ということを言いたいようです。彼はこうした難解な表現を好んで使います。
そして、彼の有名な言葉に「誰もが相場から自分の欲しいものを手に入れる」があります。それが利益であれ、損失であれ、あるいは充実感であれ、失望感であれ、自分の欲しいものを投資家は相場で手に入れるというのです。また、前述した『Market wizards(マーケットの魔術師)』の中でセィコータは「マーケットのほとんどの敗者は負けたがっている、そして目標に到達できない」とも述べています。にわかには信じ難い手厳しい言葉ですし、損失を被っている投資家、そして失望感に打ちひしがれている投資家であれば、なおさら納得のいくものではないでしょう。しかし、そこで諦めてしまった投資家は、結局それが欲しかったとみなされても仕方ない、ということなのでしょうか。いま一度、投資について考えさせられる言葉です。(敬称略)