◆パリサー・キャピタルの提案
今回は、日本での活動が目立つアクティビスト・ファンド、パリサー・キャピタルを取り上げます。パリサーは2023年10月、ニューヨークで開催されたアクティビスト(物言う株主)投資の最大級イベント「13Dモニター・アクティブ・パッシブ投資家サミット」において、京成電鉄に対して政策保有株式の売却を提案しました。このサミットは、アクティブ投資家とパッシブ投資家の両方を対象に、13Dモニター社の創設者兼代表、ケネス・スクワイヤが2010年から開催しているヘッジファンドのアクティビスト投資会議です。ちなみに「13D」とは、米国のスケジュール13D制度に基づく提出書類を指しており、日本でいえば大量保有報告書にあたります。
今回のサミットでは、第16回で取り上げたサバ・キャピタル・マネジメントのボアズ・ワインスタインやアイカーン・エンタープライズのカール・セリアン・アイカーンなど、名だたるアクティビストらが登壇しました。ワインスタインにつきましては、以下をご参照ください。
▼サバ・キャピタルのボアズ・ワインスタイン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【16】
https://fu.minkabu.jp/column/1218
ここでパリサー・キャピタルの創設者兼最高投資責任者(CIO)であるジェームズ・ニコラス・バリー・スミス(通称ジェームズ・スミス)は、京成電鉄について「真の価値を解き放ち、成長に向け歩みだす機会」と題したプレゼンテーションを行いました。その内容とは、2023年9月末現在の時価総額が約8800億円の京成電鉄は本源的価値が1兆5500億円であり、その差額6700億円(ディスカウント率43%)は潜在価値となっている、すなわち評価されていないとして、これを評価してもらうための方策を提案する、というものです。パリサーが「3ステップ・プラン」と名付けた、その方策とは①保有株式の順次売却、②売却益で将来的なリターンを生み出す地域志向および成長志向の投資と、バランスの取れた株主還元の実施、③コーポレート・ガバナンス(企業統治)と、投資家との連携を強めるIR(Investor Relations)コミュニケーションの改善、であるといいます。
◆既知のことに改めて声を上げる
ここでいう評価されていない部分とは、東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランド株式のことを指しています。オリエンタルランドは京成電鉄や三井不動産などの出資により1960年に設立され、1996年に上場を果たしました。その後、三井不動産は折りに触れてオリエンタルランドの株式を売却することで保有比率を減らします。京成電鉄も2005年にオリエンタルランドが実施した自社株買いに応じて一部を手放しましたが、それでも発行済み株数の約19%を保有する筆頭株主です。この保有比率によってオリエンタルランド株式は持分法適用会社として簿価で評価していることから、値上がり益が株価に反映されず、京成電鉄は割安に放置される事態になっています。それは以前から指摘されていたことですが、依然として改善されていませんでした。そこでパリサー・キャピタルが京成電鉄株を1.6%保有して第8位の株主となり、時価で評価すべくオリエンタルランド株式を一部売却して保有株比率を15%未満まで下げる、との提案を行ったわけです。
そして、このオリエンタルランド株式の評価益(=時価-簿価-売却した場合のキャピタル・ゲイン課税分)を実現させた場合、京成電鉄のPBR(株価純資産倍率=株価/1株当たり純資産)は現在の2.2倍から0.6倍まで低下します。これでは東京証券取引所が提案する資本効率と企業価値向上のためのバランスシート・マネジメントを真摯に行っていないことになります。そこでオリエンタルランド株式の評価益で膨れ上がった純資産を減らし、売却益を本業である鉄道事業に投資したり、株主還元を強化することで株価を持ち上げてPBRを改善させましょう、というのがパリサーの主張です。さらに経営陣の報酬を鉄道事業の収益と連動させることでインセンティブを向上させるほか、オリエンタルランドとの間で相互に役員を派遣するといった不適切かつ不透明な行いは、外部株主とのコミュニケーションを阻害するので止めましょう、とも提案しました。
京成 月足チャート
オリエンタルランド 月足チャート
アクティビストといえば、一般的に対象企業の経営陣と敵対的な関係になっても構わないといった強硬な姿勢や提案を行う投資家が想像されるのでしょうが、パリサーの姿勢はあくまでも経営陣を含めたステークホルダーに対して友好的であり、また東証の提案するルールにも従って、会社の価値向上に貢献するという紳士的なものです。このステークホルダーとは株主や経営陣、従業員、取引先、顧客、そして地域の人々に至るまで、会社に関係する全ての人々を指します。法律の立場からみれば会社は株主のものですが、そうした狭い了見ではなく、もっと社会性を重視した存在となるべく考えられた言葉です。
加えて、パリサーは2年以上にわたって京成電鉄の経営陣とエンゲージメント(対話)を幾度も繰り返してきたことを強調します。しかし、それはつまり幾ら対話を繰り返したところで一向に埒が明かないことから、提案を公にすることで経営側に圧力を掛けようとしたのではないかと推測されます。あとはパリサーが「どれだけ提案を実現させることができるか」が焦点となってきます。パリサーは2021年に創設された新しいヘッジファンドですので、実績の少なさからは期待できることは限られるかもしれません。しかし、創設者のジェームズ・スミスは、新参者のアクティビストではありません。最強のアクティビストと恐れられたポール・エリオット・シンガーが率いるエリオット・マネジメント・コーポレーションの出身なのです。(敬称略、後編につづく)