デリバティブを奏でる男たち【71】 ゲルバンドのエクソダスポイント(前編)

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 近年、マルチ・ストラテジーを展開するヘッジファンド同士で、スター・ファンドマネージャーの争奪戦が繰り広げられ、移籍の際の契約金が跳ね上がっているようです。こうした中、2024年にマルチ・ストラテジーのヘッジファンド、ジェイン・グローバルを新しく立ち上げようとしているロバート・ジェイン(Robert Jain:通称ボビー・ジェイン)について前回の第70回でご紹介しました。

 今回はジェイン・グローバルの先駆けとなるマルチ・ストラテジーのヘッジファンド、エクソダスポイント・キャピタル・マネジメントを取り上げます。ジェインが以前にイスラエル・アレクサンダー・イングランダー(Israel Englander:通称イジー・イングランダー)が率いるミレニアム・マネジメントに在籍していたことは前回触れました。このミレニアムで共同最高投資責任者(CIO)であった債券部門の責任者マイケル・ロバート・ゲルバンド(Michael Gelband)と、株式部門の責任者であったイ・ヒョンスン(通称Hyung Lee:ヒョン・リー)が、同社を辞めて2017年に立ち上げたヘッジファンドがエクソダスポイント・キャピタル・マネジメントです。
 

◆リーマンの出戻りゲルバンド


 1960年生まれのゲルバンドは、1981年に米ジョージア大学で経営学士の資格を取得し、1983年に米ミシガン大学ロス・スクール・オブ・ビジネスで経営学修士の資格を取得しました。ちなみに、ミシガン大学のロスとは、米大手不動産開発業者リレイテッド・カンパニーのオーナー兼会長であるスティーブン・マイケル・ロスを指しており、同校の卒業生として1億ドルを寄付したことに因んで名づけられました。

 ゲルバンドは卒業後、米名門投資銀行のリーマン・ブラザーズ(2008年に経営破綻。北米事業はバークレイズ・キャピタルが、欧州・アジア事業は野村證券が買収)で金融のキャリアをスタートさせます。同社にて2002年から債券流動性市場部門のグローバル・ヘッドを務め、その後にアジア太平洋地域の債券部門のヘッド、債券部門のグローバル・ヘッドなどを歴任しましたが、2007年に同社を退職しました。

 その理由について、会社側の説明ではゲルバンドが「他の利益を追求する」ためとのことでしたが、同社が運用していたサブプライム住宅ローンのリスクを巡る論争の末、当時の会長兼最高経営責任者(CEO)であったリチャード・セヴェリン・ファルド・ジュニアによって事実上、追放されたとみられています。同社ではハイリスク・ハイリターンを追求する文化が根づいており、関係者の間で「ゴリラ」の愛称で知られていたファルドがそれを体現していた、といわれています。サブプライム住宅ローンにつきましては、以下をご参照ください。

▼2007年 サブプライム問題(前編)―デリバティブ投資手法の進化―破壊と創造の歴史【8】
https://fu.minkabu.jp/column/724

 ところが、2008年6月に、同社が多額の損失を発表したことでファルドは実権を失います。彼が後継者として任命した社長兼最高執行責任者(COO)のジョセフ・M・グレゴリーも解任されました。代わりに社長兼COOに就任したハーバード・H・マクデイド3世(通称バード・マクデイド)が実権を握ります。マクデイドは、自分と同じミシガン大学ロス・スクール・オブ・ビジネスの卒業生であるゲルバンドを、資本市場部門のグローバル・ヘッドとして呼び戻しました。それでもリーマン・ブラザーズは再建が叶わず、2008年9月に破綻してしまいます。

 

◆ミレニアムに転籍、そして独立


 その後、ゲルバンドはミレニアムに転籍しました。このときミレニアムの会長であるイングランダーは「マイク(ゲルバンド)のような才能、経験、そして業界内での地位を持つ人物を迎え入れることができて、非常に幸運です」と述べています。この期待に応えるべくゲルバンドはミレニアムにおいて債券トレーディング部門の構築に貢献しました。在籍中の8年間で70億ドルの収益をもたらしたといわれ、一時はイングランダーの後継者と目されるようになります。しかし、前回で触れた通り、イングランダーは引退するつもりがないと公言しています。ゲルバンドは2017年にミレニアムを退職し、エクソダスポイントを設立しました。

 「エクソダス」とは、古代ギリシャ語で出発、出口、旅などを意味する言葉が語源となっており、大量の人々が一箇所から別の場所へ移動することや大規模な避難、移民を表す言葉です。また、英語で「Book of Exodus」といえば、旧約聖書の2番目の書である「出エジプト記」のことを指します。この書には、紀元前16~13世紀頃に指導者のモーセが、虐げられていたイスラエル人を引き連れて、エジプトから脱出する物語が記されています。つまり、エクソダスポイントとは、大量の人々が脱出する地点、という意味だと解釈できるでしょう。

 その社名の通り、ゲルバンドはミレニアムから大量に人材を引き連れて脱出しました。このため、ミレニアムがゲルバンドに対して仲裁訴訟を起こしたほどです。訴訟の結果は公表されていないようですが、ミレニアムからエクソダスポイントに人材がシフトしたことを考えると、この訴訟に勝利したのはゲルバンド側だとみられます。ただ、訴えたのはミレニアムだけでなく、第63回で取り上げたスティーブン・ショーンフェルド率いるショーンフェルド・ストラテジック・アドバイザーズも同様にゲルバンドを訴えています。ゲルバンドは新しいファンドを設立するにあたって、最終的にはニューヨークとロンドンで株式と債券をまたいで取引する30チームを擁することを目標にしていた、といわれていました。そのため、古巣のミレニアムだけでなく、多くの同業他社や投資銀行からも大量に人材を引き抜いています。恐らくはリーマン・ブラザーズが破綻して、散り散りバラバラになった昔の仲間もかき集めたことでしょう。その一人にミレニアムでゲルバンドとともに共同最高投資責任者(CIO)の地位にあった株式部門の責任者ヒョン・リーも含まれていました。(敬称略、後編につづく)

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。