今回は「イングランド銀行を負かした男」として知られる著名投資家、ジョージ・ソロスのアドバイザー業務を行っていたスペンサー・ニコラス・ロディティ(Spencer Nicholas Roditi:ニック・ロディティ)を取り上げています。前編ではロディティの投資スタイルについて、様々な国の株式や債券、あるいは不動産などに投資するグローバル・マクロであると同時に「大きくレバレッジを効かせるタイプ」であるとしました。
この点について、第4回で取り上げた米大手投資銀行モルガン・スタンレーの元名物ストラテジスト、バートン・マイケル・ビッグス(通称バートン・ビッグス)は、その著書『Hedgehogging(Hedgehogとはハリネズミのこと。Hoggingとは独り占めすること)』[2006](邦題『ヘッジホッグ: アブない金融錬金術師たち』日本経済新聞出版)で紹介しています。
同著においてロディティは「ティム」と呼ばれ、彼は一時期に自己資金の3倍のドル売りポジションを持ち、日本株を自己資金の100%以上買い、更に別の株式を自己資金の200%以上保有していた、とのことです。ソロスの旗艦ファンドであったクォンタム・ファンドを、ソロスとともに運用していたスタンレー・フリーマン・ドラッケンミラーについても前回に触れましたが、ソロスがクォンタム・ファンドから切り離し設立したクォータ・ファンドを運用していたロディティは、レバレッジを効かせることによって、ドラッケンミラーよりも大きいポジションを持っていた、といわれています。
ちなみにビッグスは、ドラッケンミラーの義理の叔父であり、第2回で取り上げたジュリアン・ロバートソン(1932-2022)のタイガー・マネジメントにおいて取締役も務めていました。ビッグスついては以下をご参照ください。
▼モルガン・スタンレーのバートン・ビッグス(前編)―デリバティブを奏でる男たち【4】―
https://fu.minkabu.jp/column/985
◆その他の投資
ロディティはソロスのアドバイザー業務を始めた1992年に、別の投資活動も始めました。彼はジンバブエの隣国であるザンビアで茶葉や花などの農場を運営するプランテーション・アンド・ゼネラル・インベストメンツ(現在のPGIグループ)という英国の小さな上場会社の株式を買い始めます。アフリカ大陸の南部に位置する旧イギリス植民地、ローデシア(1980年にジンバブエ共和国として独立)で生まれた彼は、アフリカを中心とする新興国に強い思いを抱いていたようです。
プランテーション・アンド・ゼネラル・インベストメンツ株の買い集めはソロスの投資アドバイザーを引退した後も続けられ、最終的にはTOB(株式公開買い付け)を通じて同社を買収しました。2005年に社名をPGIグループに変更して、ロシアの不動産と未公開株に投資するジェンセン・グループに投資するようになり、2009年にはPGIグループを上場廃止にしています。
このように通常ではアクセスが難しい投資対象へのアプローチは、前編でも触れた通り、ロスチャイルドや慈善団体のオープン・ソサエティ財団を展開するソロスの下で働いた経験によって、ロディティが築いた華麗なる人脈のなせる業と見られます。
ちなみに、ジェンセン・グループのスティーブン・ウィリアム・ウェインCEO(最高経営責任者)は、ジョン・デイヴィソン・ロックフェラー4世(通称ジェイ・ロックフェラー:ロックフェラー家の一員であり、ウェストバージニア州知事、ウェストバージニア州選出の連邦上院議員を歴任)の義理の息子です。
またロディティは、英国のネットスーパー、オカド・ドット・コムを傘下に擁するFTSE100採用銘柄のオカド・グループにも、ロンドン・アンド・アムステルダム・トラストという投資会社を通じて投資しています。彼が投資を始めたのは2005年からですが、オカドが上場したのは2010年ですので、上場前から投資していたことになります。同社の株価は2016年のブレグジット(英国の欧州連合離脱)を決めた英国民投票以降に急騰し始め、コロナ後には10倍にもなりました。ところが、インフレに伴う食料品の買い物の減少や売上高の伸び悩みなどにより、株価は2021年のピーク時から70%以上も下がるなど、相変わらず投資パフォーマンスの変動は激しいようです。
◆5つの投資信念
こうしたロディティの投資信念は、①ポートフォリオの集中、②レバレッジ、③グローバルなチャンスを探る、④長期投資、⑤孤独な意思決定の5つにまとめることができます。
①においてロディティは、「分散は投資パフォーマンスの敵」だと述べました。彼は通常10程度のポジションを持っており、優れたパフォーマンスを得るために投資する適切な方法は、真の信念を持って大きな賭けをいくつか行うことである、と主張します。
②において、彼は良くも悪くも、多くの影響力を使うことを好みます。
③においては、世界的な視野を持ち、投資機会を調査するため心ゆくまで旅行しました。行き先はロシア、インドなど、まだ発展途上の地域であっても、まるで秘密諜報員のように隈なく探索しました(前編で触れたように、彼は日本も訪れています)。彼は現役時代に毎年100社以上の企業を訪問したと伝えられています。
④においてロディティは、上手くいきそうなテーマを見つけたとき、何年もそのテーマに固執しました。トレンドの変化に対する彼の直感は、短期的な変動に耐える彼の能力と同様に「比類のないもの」といわれています。
そして最後の⑤について彼は、「ポートフォリオの運用は孤独な活動です。私にとって、パートナーがいるとうまくいきません。最終的には、真夜中に一人の頭で売買の決定を下さなければなりません」と述べています。
最近はロディティに関する報道はほとんどありませんが、彼をよく知ると思われる人物の話では、悲しいことに最近の彼はあまり活動的ではないそうです。ケイマンを訪れることが多いようですが、健康状態も良くないと見られています。現時点で既に80歳近くになっているはずですので、それも仕方のないことなのかもしれませんが、再びどこかで派手なポジションを取って、元気な姿を見せて欲しいものです。(敬称略)