デリバティブを奏でる男たち【80】 セガンティのサイモン・サドラー(後編)

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 今回は香港に本社を置くヘッジファンド運用会社、セガンティ・キャピタル・マネジメントの創設者、サイモン・サドラー(Simon Sadler)を取り上げています。同社は2024年5月末で運用するヘッジファンドの閉鎖を発表したことで話題になっていました。同社の広報は「専門的に資金を管理することは大きな責任と特権であると常に信じており、それを軽視したことはありません」としつつも、「現時点では、秩序ある方法で資本を返還することが投資家の最善の利益になると判断しました」とコメントしています。

 閉鎖の要因としては大量のファンド解約が推測され、その背景の一つとして、前編の冒頭でも触れた通り、運用成績の悪化が考えられます。それを取り返すためなのでしょうか、最近は大きなポジションを持って勝負していたようです。

 米証券取引委員会(SEC)が、上場株式を1億ドル以上保有する米国の機関投資家に対して提出を義務付けている四半期末保有報告書(フォーム13F)によると、2024年3月末時点で同社が保有する一番大きなポジションは、3.95億ドル相当のインベスコQQQトラスト<QQQ>(ナスダック100指数連動型上場投資信託)のプット・オプション買いでした。

インベスコQQQトラスト(日足)
インベスコQQQトラスト(日足)
 

◆金融当局から睨まれる


 大量の解約の背景としては、香港金融当局からインサイダー取引容疑で起訴されたことも指摘されています。ただ、同社が金融当局から睨まれたのは今回が最初ではありません。2023年12月には韓国金融監督院(FSS、Financial Supervisory Service)から、115万ドルの罰金を科せられていました。2019年10月に行ったSKハイニックスのブロック・トレード(同一銘柄を一度に大量に相対取引で売却・購入する取引)に際して、規制されていた空売りを行ったため、と報じられています。

 今回は香港の証券先物委員会(SFC、Securities & Futures Commission)から、セガンティならびに、サドラーと元セガンティのトレーダーであったダニエル・ラ・ロッカがインサイダー取引の責任を問われています。2024年3月の召喚状によると、彼らは2017年に、香港のバンク・オブ・アメリカ・メリルリンチ(現在のバンク・オブ・アメリカ<BAC>)で取引ライセンスを持っていたトニー・サリアノスから、香港のアパレル業者エスプリ・ホールディングス(思捷環球控股)のインサイダー情報を得たとされます。その後の同社株のブロック・トレードを前に、彼らはセガンティとUBSセキュリティーズ・アジアの口座を通じて、120万ドル相当の取引を実施したそうです。サドラーは罪状認否を行わず、12.8万ドルの保釈金を支払って釈放されました。今後は無罪を証明すべく、香港でトップクラスの弁護士チームを編成し、徹底抗戦の構えで臨むようです。
 

◆プライム・ブローカーから三行半


 しかし、この問題を受けてプライム・ブローカー(主要取引金融機関)である米名門投資銀行のJPモルガン・チェース<JPM>と野村ホールディングス <8604> [東証P]は、セガンティとの取引を制限すると発表しました。JPモルガン・チェースは今後、IPO(新規株式公開)銘柄の配分やブロック・トレード、新たなポジションの設定や追加の資金提供を行わないとし、野村も当面の間、レバレッジや新たなポジションを構築する注文は受けない方針とのことです。

 こうしたプライム・ブローカーによる取引制限も今回が最初ではありません。2022年にもバンク・オブ・アメリカとシティグループ<C>は、セガンティとのすべての株式取引活動を一時停止(シティグループはデリバティブなど他の商品での取引を継続)しました。このときは金融当局から不正行為で告発されたわけではありませんが、米SECがブロック・トレードに関する調査を始めたことが背景にあるようです。調査のきっかけとなったのが、2021年に起きたブロック・トレードに関する巨額の損失事件でした。第1回で取り上げたビル・フアン(韓国名は황성국、黄城国)率いるファミリーオフィス、アルケゴス・キャピタル・マネジメントの破綻です。詳細は以下をご参照ください。

▼アルケゴス・キャピタルのビル・フアン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【1】―
https://fu.minkabu.jp/column/926
 

◆アルケゴスの余波

 

 この事件は、1600億ドル以上も保有していた大量の株式ポートフォリオの価格下落によりアルケゴスが追い証を払えなくなったため、プライム・ブローカーがブロック・トレードでそれらを処分したために起きました。その後の報道から、アルケゴスは予見される追い証に対応するため、プライム・ブローカー各社から余剰資金の引き出しに奔走していたのですが、米名門投資銀行のゴールドマン・サックス・グループ<GS>から約4.7億ドルを引き出すところを、誤って同額を送金してしまいました。ゴールドマンはすぐには返金に応じず、このミスでアルケゴスの資金繰りは一気に悪化し、破綻を早めたようです。

 この一件によりクレディ・スイスは55億ドルの損失を被り、UBSグループ<UBS>に救済合併されるきっかけとなりました。アルケゴスの保有資産を処分するブロック・トレードを、セガンティは積極的に引き受けて利益を得たようです。しかし米SECが、ブロック・トレードの前に取引関係者が市場を動かす非公開情報(これを業界では『マーケット・サウンディング』といいます)をどのように扱っていたのか、調査に乗り出したため、セガンティに対する信用供与を縮小する動きが顕著になったようです。もっとも、この調査では米名門投資銀行のモルガン・スタンレー<MS>が、ブロック・トレードに関する情報を顧客に漏らしたとの容疑が浮かび上がり、同社は2024年1月に2.49億ドルの和解金を支払うことで決着させました。

 香港の金融当局から告発されたインサイダー容疑は現時点で決着していませんが、いったんファンドを閉鎖することにより気持ちをリセットして、再びサドラーがマーケットに戻ってくるときが訪れることを期待しています。(敬称略)

 

 

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。