今回はフランス最大のヘッジファンドといわれているキャピタル・ファンド・マネジメント(CFM)を紹介しています。2023年7月時点で運用資産総額110億ドル以上を誇る同社は、ジャン=フィリップ・ブショー(Jean-Philippe Bouchaud)が会長を務めています。彼は物理学者であり、母校であるフランスのエリート養成機関(グランゼコール、大学とは別系統の組織)のひとつ、高等師範学校(ENS、École normale supérieure)の教授でもあります。また、彼を含めた同社のボードメンバー5人のうち3人が博士号取得者であることからも分かるように、同社は学界との強いつながりが大きな特徴といえるでしょう。
これは雇用面でも同様であり、同社のスタッフは基本的に大学から直接雇用する方針をとっています。しかも、専門分野は物理学や数学の研究者に絞っており、MBA(Master of Business Administration、経営学修士号)や金融研究のバックグラウンドを持つ人材を雇用したり、ライバルから研究者を引き抜いたりすることはほとんどありません。その理由は、金融がどのように機能するか、といった先入観を持たないアカデミズム出身者を欲しているから、とのことです。
◆クオンツとシステマティックが基本
同社はクオンツ戦略とシステマティック戦略を中心に据えています。これまで30年にわたりデータに基づく洞察と高度なコンピュータ・モデルを使用して、オルタナティブ投資戦略を設計、テスト、実装してきました。機械学習や人工知能(AI)などの最新の技術開発を取り入れ、増大する金融データソースとオルタナティブ・データソースを活用し、プログラムを継続的に改善して、新しいシグナルと投資機会を発見し続けています。
同社では現在、旗艦ファンド「ストラタス」をはじめ、「ディスカス」「システマティック・グローバル・マクロ」「トレンド・フォロー」「クムラス」「クェーサー」という6つのファンドが走っています。
「ストラタス」は、アルファ追求型のプログラム・ファンドです。最新の戦略と研究をすべて組み合わせ、分散投資アプローチを通じて非相関性リターンを目指すマルチ戦略投資プログラムを採用し、従来の市場インデックスよりもリスクが小さくなることを追求しています。なお、アルファについては前編でも触れていますので、ご参照ください。
「ディスカス」はCFM創業時から運営しているマルチ戦略、マルチアセットの先物プログラム・ファンドです。さまざまなファンダメンタルおよびテクニカル戦略で構成され、現在は株価指数、債券、短期金利、商品、通貨など、100を超える先物市場をカバーしており、従来のベンチマークと相関のないリターンを目指しています。
「システマティック・グローバル・マクロ」は、マクロ主導のテクニカル投資戦略で構成されている先物プログラム・ファンドです。流動性のある先物、金利、クレジット指数を取引し、世界の株式および債券との相関を低く抑えながら、テールリスク(発生する可能性は低いものの、発生すると甚大な被害をもたらすリスク)の軽減も追求しています。
「トレンド・フォロー」は、世界中で100を超える流動性のある先物などで取引される複数の資産クラスの持続的なトレンド効果を捉える戦略ファンドです。株式キャップ・バージョンには、短期オーバーレイ(デリバティブを利用した投資リスクの増減)と株式エクスポージャー(リスクに晒されている資産の割合)に制限を設け、コンベクシティ(債券の金利変動リスクを測る修正デュレーションを補完する指標)の向上と株式下落時の潜在的な保護の強化を目指しています。
「クムラス」は、市場中立戦略と方向性アルファ主導戦略を補完的に組み合わせたマルチ戦略プログラム・ファンドです。従来の資産クラスおよびオルタナティブといった相関性が低い資産クラスを利用して絶対収益を狙います。ただし、防御戦略を含めることで、コンベクシティの改善も図っています。
「クェーサー」は、気候変動に対応した株式市場中立戦略のファンドです。持続可能な社会への移行を促進する低炭素経済に向けた長期的なトレンドを活用することを目指しています。
これらからCFMは典型的なCTA (Commodity Trading Advisor、商品投資顧問)といえます。英国には第37回で取り上げたマン・グループや第54回で取り上げたウィントン・グループのほか、多くのCTAが存在していますが、その歴史的背景には学術研究と市場調査の融合がありました。また、第57回で取り上げたグラハム・キャピタル・マネジメントといった米国系CTAは、主に先物取引の経験を持つ市場に精通したトレーダーから生まれました。大陸系CTAではオランダのトランストレンドなどがありますが、同社も穀物トレーダーの経験から生まれました。
しかし、ブショーは「投資家がロンドンの大手CTAではなく、当社(CFM)に興味を持つ唯一の理由は、当社が何かを追加できる場合、つまり他社と違うことができる場合だと考えています」と述べており、CFMは「設立当初から学術研究に積極的に関わってきた」点を他社CTAとの違いとして強調しています。
◆挑発的な論文
ブショーは挑発的な論文や主張でも定評があります。たとえば、オプションの価格設定のために現在でも広く使用されているブラック・ショールズ・モデルに対する批判があります。1973年に考案されたこのモデルは、極端な価格変動の可能性を無視できると想定しています。しかし、ブショーは現実の株価はこれよりはるかに不安定であり、同モデルの不適切な使用が1987年10月の世界的な暴落であるブラックマンデーにつながった、と主張しています。
また、2024年5月には、ハーバード・ビジネス・スクールのフィリップ・ファン・デル・ベック(Philippe van der Beck)とCFMのダリオ・バラミーナ(Dario Villamaina)との共著による『ポンジ・ファンド』という論文を発表しています。ポンジとはポンジ・スキームという投資詐欺の手法を指しています。集めた資金を運用すると偽り、以前に集めた資金の配当や返済に流用するもので、よく無限連鎖講(いわゆるねずみ講)と混同されます。ポンジ・スキームについては以下でも触れていますので、ご参照ください。
▼ヘイマン・キャピタルのカイル・バス(後編)―デリバティブを奏でる男たち【39】―
https://fu.minkabu.jp/column/1671
▼スリー・アローズ・キャピタルの破綻(後編)―デリバティブを奏でる男たち【43】―
https://fu.minkabu.jp/column/1752
この論文の論旨は以下の通りです。特定のファンドに資金が集中することで、ファンドが投資することにしている金融商品が値上がりし、以前から同ファンドを保有している投資家に評価益をもたらします。ところが、投資家は、それが単純に資金集中の結果なのか、それともファンド・マネージャーの投資手腕が優れている結果であるのかを判断できません。しかし、投資対象が値上がりしている、基準価額が値上がりしているファンドには、ますます資金が集まってくるものです。「買いが買いを呼ぶ」といった現象により自己膨張していくファンドは、ポンジ・スキームに似ているところがあります。しかし、以前の投資家が現金の配当をもらうポンジ・スキームとは異なり、ポンジ・ファンドは売却しない限り、得られるのは評価益だけです。
米国証券取引委員会(SEC)は、ポンジ・スキームについて、新しい投資家を募集するのが難しくなったり、多数の投資家が資金の返還を求めたりした場合、必然的に崩壊する、としています。この点は自己膨張していくポンジ・ファンドも同様です。投資対象の予期せぬ価格下落や投資手腕への誤った認識が解ける、などの理由により資金流入が止まれば、あるいは資金流出が始まれば、バブルが崩壊して暴落することが考えられます。同論文では序章で、第1回で取り上げたアルケゴス・キャピタル・マネジメントの破綻を例に出して説明していますが、もしかしたらブショーは、足もとで投資資金が集中していたマグニフィセント・セブン(GAFAMにテスラ<TSLA>とエヌビディア<NVDA>を加えたハイテク成長株7銘柄)の行く末を予言しているのかもしれません。(敬称略)