今回はノルウェー王国のソブリン・ウェルス・ファンド(Sovereign Wealth Fund、SWF)であるノルウェー政府年金基金グローバル(Government Pension Fund Global、GPFG)を取り上げます。SWFとは、国家が持つ金融資産を運用するファンドのことです。政府系ファンドや国富ファンドなどともいわれています。これまで取り上げてきたファンドは全て民間企業による運営でしたが、今回は公的資金を運用対象としていますので資産額は桁違いです。SWF の中でもGPFGは、わが国の公的年金(国民年金基金と厚生年金基金)を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(Government Pension Investment Fund、GPIF)と「どちらの運用資産額が世界最大なのか」を競うほどの規模を誇っています。
2024年3月末時点でGPIFの運用額は約245.9兆円と、ドルに換算すれば、およそ1.53兆ドルでした。一方のGPFGは同時点で約1.67兆ドルと、ドル換算では円安の影響もあって世界最大の運用額を誇ったGPIFを上回っています。もっとも、3番手として挙げられる中国の中国投資有限責任公司(China Investment Corporation、CIC)に、4番手である中国外貨管理局傘下の華安投資公司(State Administration of Foreign Exchange、SAFE)、さらには中国の全国社会保障基金理事会(National Social Security Fund、NSSF)を加えると、中国勢がトップに躍り出ることになります。
◆運用原資は石油収入
ノルウェーのGPFGを日本のGPIFと比較しましたが、その仕組みは大きく異なっています。GPIFで運用されているのは、厚生労働省から委託された年金基金の加入者による積立金です。一方、GPFGで運用されているのは、ノルウェー財務省から国民保険制度基金(Folketrygdfondet)を通じて委託された国営事業の石油収入などです。しかも、運用しているのはノルゲスバンク(ノルウェー中央銀行)の投資運用局(Norges Bank Investment Management、NBIM)です。このほか、NBIMでは外貨準備の一部も運用するようノルゲスバンクから委託されています。
ちなみにノルウェーの場合、年金基金の加入者による積立金は、財務省から委託された国民保険制度基金が、政府年金基金ノルウェー(Government Pension Fund Norway、GPFN)として運用しています。GPFNは1967年に設立され、運用対象地域はノルウェーが85%(このうち株式は60%、債券は40%)となっており、オスロ証券取引所に上場している全株式の約5%を所有しています。そのため、GPFNは多くのノルウェー上場企業の筆頭株主となっています。残りの15%はデンマーク、スウェーデン、フィンランドといった北欧の国々に投資しています。
◆GPFGの成り立ち
GPFGは北海ノルウェー領での油田発見後、1990年に設立されました。ノルウェーでは1969年に世界最大級の沖合油田が発見され、同国の経済は劇的に成長します。しかし、エネルギー資源に対する経済依存度が高まった1970~80年代に、オイルショックによるエネルギー価格の乱高下で、同国経済は大きく振り回されることになりました。
このように突然、豊富な天然資源が見つかった場合、これを積極的に輸出することで貿易黒字にはなるのですが、そのために自国通貨高となって、工業品など天然資源以外の輸出産品が国際競争力を失う恐れがあります。そして、これら産業が衰退していくことで失業者があふれる現象を「オランダ病」といいます。オランダの場合、1960年頃に天然ガスを産出するようになり、オイルショックで収入が増えたことから社会保障を拡充させたのですが、国内経済の悪化に伴い、財政も逼迫してしまい、深刻な経済危機に陥りました。
こうした他国の例に加え、天然資源はいつか尽きてしまうことが予想されるほか、同国では高齢化に対する懸念もありました。そこでノルウェーでは、現在および将来の世代が困らないように、石油と天然ガスによる収入は慎重に使用すべきことを決定しました。1990年にノルウェー議会がこれを支援する法律を可決し、GPFGの前身となる政府石油基金(Government Petroleum Fund)の設立につながっていきます。このファンドは1996年から運用が始まっていますが、GPFNとは異なり、運用対象を国外に限定し、自国経済の影響を受けないように設計されています。また、2006年に現在の名称に変更され、2007年の国民保険制度基金の創設に伴い、同基金の管理下に入りました。
冒頭で示した通り、GPFGでは巨額の資金を運用していますが、そのガイドラインや基本ポートフォリオ、ベンチマークはノルウェー財務省が決めており、当初は債券のみの運用でした。第56回ではケインズ経済学の創始者、ジョン・メイナード・ケインズ(1883-1946)を取り上げ、彼が1930年代に保険会社の投資に関する新しい理論として、株式投資のウェイトを2割以上にすることを提唱した点について触れました。詳細は以下をご参照ください。
▼デリバティブを奏でる男たち【56】 偉大なる投機家経済学者ケインズ(後編)
https://fu.minkabu.jp/column/1968
それでも年金などの長期運用に対しては、まだまだ保守的な運用スタイルが採用されていたようです。GPIFも今でこそ投資組み入れ比率は、基本的に株式50%と債券50%、国内50%と海外50%になっていますが、2006年の設立当初は株式20%と債券75%、国内78%と海外17%、そして短期資金5%でした。その後に株式と海外のウェイトを高め、現在の組み入れ比率になったのは2020年からです。
GPFGもリスク資産のウェイトを次第に高めていきました。1998年に株式の組み入れ比率をファンド全体の40%にします。2000年には新興市場への投資を開始し、2002年には社債と証券化商品も投資対象にしました。2007年には株式の組み入れ比率を60%に引き上げ、小型株も投資対象とします。2008年には不動産の組み入れ比率を5%としましたが、実際に不動産を組み入れたのは2011年からでした。2012年には欧州株の組み入れ比率を40%とし、新興市場への投資組み入れ比率を10%にすることを発表しました。さらに、2017年には不動産の組み入れ比率を7%とし、東京でも不動産投資を行います。2021年には非上場の再生可能エネルギーインフラへの投資として、オランダの洋上風力発電所に投資しました。
その結果、2024年3月末時点で、組み入れ比率は株式72.1%、債券26.0%、非上場不動産1.8%、非上場再生可能エネルギーインフラが0.1%となっています。(敬称略、後編につづく)