デリバティブを奏でる男たち【89】 ムーア・キャピタルのルイス・ベーコン(後編)

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 今回はムーア・キャピタル・マネジメントの創設者、ルイス・ムーア・ベーコン(Louis Moore Bacon)を取り上げています。大学時代からトレードを行ってきたベーコンは、なかなか結果が出せない状況が続きました。しかし、1987年にレミントン・トレーディング・パートナーズを設立し、S&P500の先物市場で売りを仕掛けます。そこにブラックマンデーが起き、米株式市場は暴落に見舞われました。ベーコンは即座に買い戻した後に買いポジションを構築し、優れた運用実績を残します。ブラックマンデーについては、以下をご参照ください。

▼1987年 ブラックマンデー(前編)―デリバティブ投資手法の進化―破壊と創造の歴史【2】 
https://fu.minkabu.jp/column/603

 1989年には、亡くなった母親の遺産2万5000ドルを元手に、ムーア・キャピタルを創設しました。この社名はベーコンのミドルネームであると同時に、母親の旧姓に由来しています。ちなみにベーコンの父親は後妻を迎えますが、それは第2回で取り上げたタイガー・マネジメントのジュリアン・ハート・ロバートソン・ジュニア(Julian Hart Robertson Jr.、1932-2022)の妹でした。


◆フランス資本主義のゴットファーザー、ベルンハイム


 ムーア・キャピタル創設翌年の1990年に、ベーコンはオフショア・ファンド、ムーア・グローバル・インベストメントも立ち上げています。ここでは180万ドルの運用資金を集めましたが、そのうち150万ドルは、欧州の投資家に代わってヘッジファンドに投資するドーム・キャピタル・マネジメントの社長アントワーヌ・ベルンハイム(Antoine Bernheim、1924 - 2012)から調達しました。

 フランスで不動産会社を営むユダヤ人の家庭に生まれたベルンハイムは、大学院で法学の博士号を取得した後、シャネルの姉妹会社で化粧品を扱うブルジョワ(2015年に赤字で解散し、米香水・化粧品会社コティ<COTY>に吸収されました)で働き始めます。その後にユダヤ系最後の大手銀行といわれているラザード・フレール・アンド・カンパニー(現在のラザード)のフランス支社に採用されました。そこでフランスのメディア王であるヴァンサン・ボロレ(Vincent Bolloré)やフランスで5本の指に数えられる大富豪フランソワ・ピノー(François Pinault)をサポートします。ピノーが所有するケリング・グループは、グッチ、イヴ・サンローラン、バレンシアガ、ボッテガ・ヴェネタ、ブシュロン、アレキサンダー・マックイーン、ブリオーニ、ユリス・ナルダンなどの高級ブランドを傘下に擁しています。

 また、ベルナール・アルノー(Bernard Arnault)が世界ナンバーワンの高級ブランド・グループであるモエヘネシー・ルイ・ヴィトン(LVMH)の支配権を獲得する際にも貢献し、ベルンハイムは一時LVMHの副社長も務めていました。このような経緯から彼は、「最後のキングメーカー」、「フランス資本主義のゴットファーザー」などという異名を持っています。

 そのベルンハイムに言わせると、ベーコンには才能あるヘッジファンド・マネージャーの本質である、リスクをコントロールしながら情報を迅速に分析し処理する能力があるとのことで、これを理由に資金提供を決めたようです。この資金提供は2009年まで続きました。

 

◆ムーア・キャピタルの特徴


 ムーア・キャピタルは、マクロ経済のテーマに沿って現物や先物などのデリバティブを、ポートフォリオに活用するグローバル・マクロのヘッジファンドとして特徴づけられています。ベーコンはインフレ、経済成長、中央銀行の政策、国政の将来の評価に基づいて、ほとんどの世界市場に参加しています。

 創設の年には、東京株式市場のバブル崩壊直前に日経平均先物を空売りし、湾岸戦争の際には株売り・原油買いのポジションを構築するなどで86%の運用成績を叩き出しました。グローバル・マクロを展開するヘッジファンドで、高い運用成績を誇る会社は他にもありますが、ムーア・キャピタルはシャープ・レシオ(リスク1単位当たりの超過リターン)の高さで定評があります。シャープ・レシオに関しては、以下をご参照ください。

▼ブリッジウォーターのレイ・ダリオ(後編)―デリバティブを奏でる男たち【9】―
https://fu.minkabu.jp/column/1096

 過去の経験や先物市場で長く仕事をしていたことから、評価損のあるポジションはすぐに損切りするなど、ベーコンがリスクをよく理解し、管理できる能力に長けていることが、シャープ・レシオの高さにつながっていると推測されます。運用成績にバラつきが少ない点は、機関投資家が安心して投資できる要素と言えるでしょう。また、ベーコンのヘッジファンドは手数料の高さでも有名でした。一般的にヘッジファンドは管理手数料2%・成功報酬20%といった「2・20」ですが、ベーコンのファンドは「3・25」であり、最低運用サイズは500万ドルからです。これに対してベルンハイムは「誰かがあなたの資本を何倍にも増やしてくれるのであれば、手数料について文句を言うなんてありえない」といって受け入れていました。

 しかし、1994 年に金利が劇的に上昇した後と、2002 年のエンロンが引き起こした企業信用の崩壊で、2度ほど運用成績がマイナスになったことがあります。そんなときはチューダー・インベストメント・コーポレーションを率いる旧知のポール・チューダー・ジョーンズ2世(Paul Tudor Jones II)に助けられたようです。チューダーが新規資金の受け付けを停止している際、顧客にムーア・キャピタルを紹介していました。

 

◆運用資産を返還


 こうした特徴があるムーア・キャピタルは2019年に突然、運用資金を顧客に返還してしまいます。理由は長年の期待外れの結果だそうですが、フラッグシップのレミントン・ファンドは運用開始以来、17.6%の年平均年リターンを上げ、ムーア・グローバルも同15%と高い運用成績を誇っていました。それでも近年の成績がいまひとつだったらしく、ピーク時に60億ドルだった運用資産は半減していたようです。

 顧客資金は返還しましたが、自己資金と従業員の資金運用は続いており、前編の冒頭で触れたカーコスワルドのコフィーのように、多くの運用担当者をスピンアウトして運用を任せています。例えば、2020年に元ポートフォリオ・マネージャーのヴィラージ・バクレシュ・メータ(Viraj Bakulesh Mehta)が、グローバル株式のロング・ショート戦略を展開するアークティス・マネジメントを立ち上げる際にベーコンは支援しました。

 失敗した例もあります。ベーコンの支援を受けて2012年に、元トレーダーのクリストファー・アラン・ニコル(Christopher Alan Nicoll)とイェンスペーター・シュタイン(Jens-Peter Stein)、コーネリアス・クロブカー(Kornelius Klobucar)の3人が創設したマクロ系ヘッジファンド、ストーン・ミリナー・アセット・マネジメントは、業績不振を理由に2019年に閉鎖となりました。しかし、かような失敗にめげず、ベーコンは2020年に70%のリターンを獲得したと報じられています。やはり前編でも触れた通り、失敗しても決して諦めないベーコンなのでしょう。(敬称略)

 

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。