今回は2024年にプラス52%もの驚異的なパフォーマンスを叩き出したヘッジファンド、ディスカバリー・キャピタル・マネジメントを取り上げています。25億ドルを運用する同社は、タイガーカブのロバート・ケネス・シトロン(Robert Kenneth Citrone)と、現在はメキシコで多くの企業の役員なども務める実業家、ハリー・フレデリック・クレンスキー(Harry Frederick Krensky)によって1999年に創設されました。
シトロンは1990年に、世界最大級の資産運用会社であるフィデリティ・インベストメンツに入社し、金融のキャリアをスタートさせます。社債アナリストとして採用され、メキシコを中心に新興国の債券に投資するファンドを運用することになりました。ところが、1994年のメキシコ通貨危機に遭遇し、巨額の損失を被り、退職を余儀なくされます。
その後にシトロンは、タイガー・マネジメントにマネージング・ディレクターとして入社しました。フィデリティでの失敗を教訓に、1997年のアジア通貨危機ではタイバーツ売りを仕掛け、大きな利益を上げます。しかし、タイガー・マネジメントは2000年に閉鎖してしまいます。苦手としていたグローバル・マクロ戦略で円売りによる巨額の損失を出し、得意のロング・ショート戦略でもITバブルの波に乗れなかったためです。その1年前である1999年にシトロンはタイガーを辞め、自らのファンドであるディスカバリーをクレンスキーとともに創設しました。
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https://fu.minkabu.jp/column/955
◆マネジメントに長けたクレンスキー
米国の名門リベラルアーツ・カレッジ(一般教養教育に重点を置いた小規模の米私立大学)であるコルビー大学で政治学を専攻したクレンスキーは、同校を1985年に卒業しました。その後、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス&ポリティカル・サイエンスで修士号を取得し、コロンビア大学ビジネススクールでMBA(Master of Business Administration、経営学修士)を取得しました。彼は米名門投資銀行だったベア・スターンズ(2008年に破綻し、JPモルガン・チェース<JPM>が買収)で金融のキャリアをスタートさせ、新興市場グループに配属されました。同部門の取締役にまで昇格した後、ドイツ銀行<DB>とドイツ・モルガン・グレンフェルに転籍し、取締役兼シニア・ポートフォリオ・マネージャーを務め、新興市場のヘッジファンドであるドイツ銀行ニューワールド・ファンドの共同創設者になります。
1999年にクレンスキーはシトロンとともにディスカバリーを創設しますが、2003年にはアトラス・キャピタル・マネジメントの共同創設者兼マネージング・パートナーに就任しました。そのため、シトロンとともに働いた期間は4年間ほどと考えられます。同年、クレンスキーはメキシコのプライベート・エクイティ投資会社、ディスカバリー・アメリカズも創設し、マネージング・パートナーに就任しました。その後、メキシコの航空旅客輸送会社ボラリス、物流輸送会社トラキシオン、ヘルスケアのエイチ・プラスなどを共同創業し、これらのほか関連企業の取締役を務めるなど、マネジメントに長けた実業家としても活躍しています。
◆ディスカバリーの運用スタイルと成績
シトロンを中心に運営されていると考えられるディスカバリーは、世界の金融市場におけるマルチ・アセットクラスを投資対象とし、投資地域は先進国から新興国市場まで60カ国以上に及んでいます。そしてグローバル・マクロ戦略と株式のロング・ショート戦略を組み合わせながら、投資機会を特定しています。シトロンは几帳面な性格と評されており、欧州市場の取引開始状況とアジア市場の取引終了状況について、素早く報告を受けるために、定期的に午前3時に電話会議を行っているようです。一方で、オフィスはかなり散らかっており、このギャップについてタイガー・マネジメント時代にはよく指摘を受けたそうです。
ディスカバリーは創設後、順調に運用成績を上げ、2013年までに年間パフォーマンスがマイナスになったのは、リーマン・ショック時の2008年(マイナス33%)のみでした。そのため、タイガー・マネジメントを運営していたジュリアン・ロバートソンやジョージ・ソロスなどからも運用資金を集め、ピーク時の2014年には150億ドルを運用するまでに成長しました。
しかし、同年にグローバル・マクロ・ファンドが損失を出したほか、2015年にはチャイナ・ショック、2016年には英国の欧州連合離脱(ブレグジット)やドナルド・ジョン・トランプ(Donald John Trump)が当選した米大統領選挙など、新興国市場からの資金流出が激しくなるようなイベントが重なります。その結果、同社の運用成績は不調に陥り、解約が相次いで運用資金は大幅に縮小しました。最近の運用成績は以下の通りです。
▼ディスカバリー・キャピタル・マネジメントの運用成績
2019年:マイナス23%
2020年:プラス55%
2021年:プラス18%
2022年:マイナス29%
2023年:プラス48%
2024年:プラス52%(前述の通り)
シトロンの投資スタイルは、年間パフォーマンスの変動が大きく、機関投資家からは敬遠される傾向にあります。運用資金は2024年にはピーク時の10分の1となる15億ドルまで縮小しました。しかし、上で示した6年間の平均運用成績は30%近くに達します。そのため、年間パフォーマンスの大きなブレを気にしないファミリー・オフィスや超富裕層の個人投資家にとっては、むしろ魅力的な投資先と言えるかもしれません。特に2024年は、主要ヘッジファンドの中でもトップクラスの運用成績になりました。このため2025年は市場から大きな注目を集めており、運用資金が再び増加する可能性が高いと考えられます。(敬称略)