デリバティブを奏でる男たち【98】 臆病者には不向きなハイダー・キャピタル(後編)

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 今回取り上げているのは、第97回で紹介したロバート・ケネス・シトロン(Robert Kenneth Citrone)が率いるディスカバリー・キャピタル・マネジメントと並び称されるほど、年間パフォーマンスの変動が激しいヘッジファンド、ハイダー・キャピタル・マネジメントです。

 同社はクレディ・スイス・ファースト・ボストン(2006年にクレディ・スイスとなり、2023年にUBSグループ<UBS>が救済合併)で、債券自己勘定取引部門の調査責任者を務めていたサイド・ナジム・ハイダー(Said Nazem Haidar)によって、1997年に創設されました。

 ハイダー・キャピタルはグローバル・マクロ系のヘッジファンドに位置づけられますが、創設者であるサイド・ハイダーの経歴(デリバティブ、クオンツ、債券取引の専門家)から、金利先物市場においてクオンツ分析を駆使した投資も行っている可能性が高いと考えられます。

 また、市場のリスク要因との相関を最小限に抑えつつ、リスクとリターンの非対称性、すなわち上昇余地が大きく、下落余地が小さい投資機会を追求する戦略を採用しています。具体的には、債券同士のアービトラージ(裁定取引)や二国間金利差取引、キャリー・トレードなどのレラティブ・バリュー(相対価値)戦略を軸に、政府債の入札やシンジケーション(銀行団による債券の共同引受)、月末の債券指数のリバランス(調整)、金利差による為替変動など、金融市場における特定のイベントを活用する手法を駆使しています。

 

◆圧倒的なレバレッジ戦略

 

 このような手法は、他のグローバル・マクロ系のヘッジファンドやクオンツ系の債券・為替ファンドでも用いられていますが、ハイダー・キャピタルの最大の特徴は、その極端に高いレバレッジにあります。ハイダーによれば、2008年のリーマン・ショック前は20~50倍のレバレッジをかけて取引していたそうです。例えばレバレッジ50倍ということは、運用資産が1億ドルの場合、50億ドルの取引を行うことになります。この場合、取引で2%の利益を上げれば運用資産に対するリターンは100%になりますが、逆に2%の損失が出れば運用資産がゼロになるほどの高リスクな手法です。

 この手法は、1990年代にLTCM(Long-Term Capital Management)が得意としていたものと似ています。LTCMは米名門投資銀行だったソロモン・ブラザーズ(スミスバーニーと合併の後、親会社の合併により現在はシティグループ<C>)において「キング・オブ・ウォールストリート」と呼ばれた債券トレーダー、ジョン・ウィリアム・メリーウェザー(John William Meriwether)によって1994年に創設されました。LTCMには後にノーベル経済学賞を受賞するマイロン・サミュエル・ショールズ(Myron Samuel Scholes)とロバート・コックス・マートン(Robert Cox Merton)のほか、米連邦準備制度理事会(FRB)副議長だったデビッド・ワイリー・マリンズ・ジュニア(David Wiley Mullins Jr.、1946 –2018)など錚々たる識者が参画しており、ドリーム・チームと呼ばれました。彼らは1995年と1996年に年間40%近いパフォーマンスを記録しますが、1997年のアジア通貨危機や1998年のロシア財政危機などにより、過剰なレバレッジが仇となって破綻に追い込まれました。同社につきましては、以下をご参照ください。

▼1998年 LTCM(前編)―デリバティブ投資手法の進化―破壊と創造の歴史【5】
https://fu.minkabu.jp/column/667

 ハイダーは自身の相場見通しに強い確信を持ち、レバレッジにレバレッジを重ねることで高リターンを狙います。しかし、リーマン・ショック後はプライム・ブローカーとなる金融機関のレバレッジ提供が難しくなり、通常の取引では5~10倍程度に抑えられました。それでもリーマン・ショック後の欧州債務危機では、欧州中央銀行(ECB)とイングランド銀行(BOE、英中央銀行)が購入を意図していると思われる債券を高レバレッジで事前に仕込む戦略を取り、2013年と2014年にはそれぞれ35%と32%の高いリターンを達成しました。しかし、見通しが外れた2015年には21%の損失を出すなど、パフォーマンスの振れ幅は極端です。

 

◆変動の激しいパフォーマンス

 

 その後、荒れたマーケットが落ち着くことでプライム・ブローカーのリスク許容度が回復してきました。低下したレバレッジも元に戻り、ハイダー・キャピタルのレバレッジは2019年に34倍になります。2020年のコロナ・ショック時には、ロックダウン(都市封鎖)の数カ月前から警鐘を鳴らし、顧客に送った手紙で「世界経済は封じ込め措置により打撃を受ける」と警告を発するなど、先見の明を示しました。この頃には投資対象を債券だけでなく、株式や商品にも広げており、2021年には年間パフォーマンスが70%近くに達する驚異的な成績を残しました。

 2021年末にはインフレが世界中で急加速するとの見通しに強い確信を抱き、50倍以上のレバレッジを効かせて、2022年9月には年間274%のリターンを記録するなど、大きな成功を収めました。ところが、そこをピークに運用利回りは悪化します。2022年の年間パフォーマンスは193%で着地したものの、2023年にはマイナス43.3%、2024年はマイナス32.7%と大きく崩れました。この乱高下についていけない顧客は多く、運用成績の悪化と返還請求により、運用資金は2022年に約50億ドルあったものが、2024年末には7.5億ドルまで減少する事態となりました。もっとも、2025年に入ると、再びハイダーの見通しが相場を的確に捉え始め、1月の月間パフォーマンスが15.8%と回復傾向を示します。このまま勢いを取り戻せるのか、今後の同社の動向が注目されます。ただし、顧客にいわせると、ハイダー・キャピタルへの投資は「臆病者には向かない」とのことです。(敬称略)

 

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。