デリバティブ投資手法の進化―破壊と創造の歴史―【2】 1987年 ブラックマンデー(後編)

著者:MINKABU PRESS

◆様々なポートフォリオ・インシュアランス


本コラムの「1987年 ブラックマンデー(前編)」では、ポートフォリオ・インシュアランスが危機を招く一因になったと述べました。ポートフォリオ・インシュアランスには様々な手法があり、オプションを使う場合はプロテクティブ・プットがその代表的な戦略となります。現物株のポートフォリオにプット・オプションの買いポジションを同単位組み合わせることによって、合成コール・オプションの買いポジションを組成するものです。

 具体的な例で見てみましょう。損益分岐点が2万円の現物株ポートフォリオ(下図①)に権利行使価格2万円でプレミアム500円のプット・オプション(下図②)を組み合わせた場合、合成ポジションは権利行使価格2万円でプレミアム500円のコール・オプション(下図③)になります。

プロテクティブ・プットの損益図

 これによって損益分岐点は2万500円へとシフトし、株価上昇による収益は多少犠牲になりますが、1万9500円より値下がりした場合、プット・オプションのプレミアム500円分までしか損失は膨らみません。

 しかし、こうしたポジションを組むには障害がありました。前編でも触れた通り、ポートフォリオ・インシュアランスのニーズは年金運用者に多く、彼らは遠い将来の限月での大量のポジションを望んでいました。しかし、現在の日経225オプション市場も同様ですが、当時の米株オプション市場では、期近で満期を迎える限月は取引が厚いものの、期先で満期が遠くなれば遠くなるほど取引は薄くなり、彼らのニーズを満たすことはほとんどできませんでした。また、そもそもオプションのプレミアムが高いなどの理由により、あまり利用されませんでした。
 

◆代替手法への傾斜が危機発生の芽を育む


 そこで主に利用されたのが、プロテクティブ・プットとほぼ同じ効果を持つダイナミック・アセット・アロケーションやダイナミック・ヘッジという手法です。ダイナミック・アセット・アロケーションは株式と安全資産(債券や現金)との保有比率を調整することで、プロテクティブ・プットと似たような損益線を実現させようとします。一方、ダイナミック・ヘッジはというと、最近はオプションを使ったデルタ・ヘッジのことを指しますが、当時は現物株買いと株価指数先物売りとの保有比率を調整することで、プロテクティブ・プットと似た損益線を実現させようとする手法を指していました。

 ただ、プロテクティブ・プットの損益線は、時間価値を考慮に入れると下図のように凹線を描くため、原指数である株価が上昇する局面では安全資産や株価指数先物売りの比率を低くし、株価が低下する局面では安全資産や株価指数先物売りの比率を高くするといったウエート調整を、原指数が動くたびに行う必要があります。こうした取引が当時、始まったばかりのプログラム売買で自動的に発注されると、株価の動きを加速してしまうことは容易に想像できるでしょう。

プロテクティブ・プットの現実的な損益図

 これに加えて当時のプログラム売買はポートフォリオ・インシュアランスのほかに、裁定取引(アービトラージ)においても盛んに行われていました。そのため、ポートフォリオ・インシュアランスによる株価指数先物売りは、アービトラージのプログラム売買を通じて現物市場にも波及し、それがポートフォリオ・インシュアランスによる株価指数先物売りを誘発する、という悪循環に陥ったと考えられます。

 ポートフォリオ・インシュアランスの目的は株価下落による損失を抑えることにあったわけですが、ポートフォリオ・インシュアランスを用いた投資家がブラックマンデー時に損失を回避できたわけではありません。皮肉なことに、むしろ莫大な損失を被ってしまいました。株価下落過程で安全資産や株価指数先物売りの比率を高くする際には、「いつでも、いくら取引サイズが大きくても、自由に売買できる」という高い流動性を確保できることが前提条件となります。

しかし、ブラックマンデー時のような極端にリスク回避が強まる地合いにあっては、マーケットメーカーや逆張り投資家、あるいは裁定業者も様子見を決め込むため、ダイナミック・アセット・アロケーションの場合、理論価格よりも極端に高く債券を買う、あるいは極端に安く現物株を売ることになってしまいます。また、ダイナミック・ヘッジの場合、理論価格よりも極端に安く株価指数先物を売ることになったため大きな損失を生む結果となりました。
 

◆アフター・ブラックマンデー、制度の整備とヘッジ手法の開発が進展


 前編で紹介したように、ブラックマンデーは先進諸国の通貨協調体制に対する疑念などを背景にして起こり、ポートフォリオ・インシュアランスやプログラム売買、加えてノイズ・トレーダー(ファンダメンタルズとは無関係に市場心理などで売買する投資家)による追随売りなどによって大きく増幅された、と考えてよいでしょう。

こうしたマーケットの混乱を抑えるため、グリーンスパン米連邦準備制度理事会(FRB)議長はブラックマンデーの直後に「信用秩序維持のため流動性供給の用意がある」と声明を公表し、政策誘導目標金利であるFFレートの緊急利下げを実施しました。これが功を奏してその後の米株式市場が回復に向かったことで、未知数であった同議長の手腕に対する市場の信認は一気に高まったとされています。ブラックマンデーに対する危機対応が「マエストロ(巨匠)」を誕生させたとも言えるでしょう。

また、ブラックマンデーを契機に様々な制度が新設されることになります。プログラム売買が連鎖的な暴落を起こさないようにニューヨーク証券取引所に導入されたサーキット・ブレーカー制度もそのひとつでした。これは一定水準以上の価格変動が起きると、取引を一時停止するという制度です。日本の同様の制度を参考にしたもので、冷静に考える時間的猶予を設けて一時的な混乱を鎮め、ノイズ・トレーダーによる追随売りなどを抑制する効果を狙っています。

 更にブラックマンデー以降、ポートフォリオ・インシュアランスはリスクの大きさが警戒されて使われる場面が激減しますが、代替となる様々なリスクヘッジ手法が研究され普及していきます。それらの手法は市場の再生や活性化に貢献する一方で、あるものは次の危機の芽を静かに育んでいくことになります。ブラックマンデーを契機に開発や普及が進んだCDS(企業の債務不履行に伴うリスクを対象にした金融派生商品、Credit default swap)、CDO(債務担保証券、Collateralized Debt Obligation)などは隆盛を極め、後にサブプライム住宅ローン問題とそれに続くリーマン・ショックを引き起こすまでに取引は膨れ上がっていきます。

このコラムの著者

MINKABU PRESS(ミンカブプレス)

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