新債券王のジェフリー・ガンドラック(前編)―デリバティブを奏でる男たち【11】― 

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◆歯に衣着せぬコメント


 第11回は、前回の「オークツリー・キャピタルのハワード・マークス(前編)」でも触れましたが、オークツリー・キャピタルから出資を受けた米資産運用会社ダブルライン・キャピタルの共同創業者であり、最高経営責任者(CEO)であるジェフリー・ガンドラックを取り上げます。

 このダブルライン・キャピタルは1370億ドルの運用資産を誇り、MBS(Mortgage Backed Securities、モーゲージ担保証券)などの債券運用を中心に広範な投資戦略を提供しています。同社の旗艦ファンドであるダブルライン・トータル・リターン・ファンドは、MBSが資産全体の約7割を占めています(2021年6月末時点)。

 MBSとは、金融機関が保有する不動産関連のローン債権をまとめて証券化した債券の一種です。このMBSはホテルやオフィスなどを対象とするCMBS(Commercial Mortgage Backed Securities、商業用不動産担保証券)と住宅を対象とするRMBS(Residential Mortgage Backed Securities、住宅ローン担保証券)に分かれ、さらにRMBSは政府系機関が元利金支払いを保証しているエージェンシーMBSと、そうした保証のない民間機関が発行するノンエージェンシーMBSに分かれます。

MBSの分類

 また、本稿のタイトルにあるようにガンドラックは「新債券王」の異名を持つ投資の世界における巨星ですが、国内株を中心に投資をしている個人投資家には馴染みが少ない人物かもしれません。しかし、彼の持ち味である歯に衣着せぬコメントは債券にとどまらず、株式や商品、暗号資産など対象は広範囲にわたっており、市場関係者に多大な影響を与えるほど的確な予測で定評があります。
 

◆TCWのCIOでは満足せず


 ジェフリー・エドワード・ガンドラック(通称ジェフリー・ガンドラック)は、1959年にニューヨーク州アマーストの控えめな中流家庭で生まれました。ダートマス大学で数学と哲学を専攻し、サマ・カム・ラウディ(最優秀卒業生に与えられる名誉、日本でいう首席)で卒業した後はイェール大学で学び、数学を研究しています。

 ガンドラックは1985年に米資産運用会社トラスト・カンパニー・オブ・ザ・ウエスト(以下TCW)に就職しますが、同じ年にハワード・マークスもシティコープ・インベストメント・マネジメントから同社へ移籍しています。ちなみにTCW(現在のTCWグループ)は、2001年に仏大手金融機関ソシエテ・ジェネラルの傘下となった後、2013年からは米投資会社カーライル・グループ<CG>の傘下となっています。

 TCWでガンドラックはMBSを中心とする債券部門の運用を担当。同業他社を上回る高い実績を上げ続け、2005年には46歳でTCWの最高投資責任者(CIO)に就任します。彼は早い段階からサブプライム危機を言い当て、2009年には運用資産1100億ドルのうちおよそ700億ドルもの運用を任されるほど出世しました。

 ところが、CEOの地位を望んでいた彼にとってCIOの地位は満足に価するものではありませんでした。一方、当時の親会社であるソシエテ・ジェネラルも、TCWの創設者であるロバート・アディソン・デイも、その職(CEO)には彼はふさわしくないと考えていたようです。恐らくは彼の持ち味である歯に衣着せぬ発言が、上の者には傲慢に聞こえたのかもしれません。
 

◆ダブルライン・キャピタルを設立


 そこでTCWは彼が顧客を引き抜いて他社へ移籍したりしないうちに、先手を打って彼を解雇しました。ある月曜日に出社した彼の部下は、他社から引き抜かれた社員たちが自分たちの席に座っている、というシビアな光景を目にしたと言います。これを受けてガンドラックは2009年、彼を信奉する同僚らとともにダブルライン・キャピタルを設立します。

 この社名ならびに同社のロゴは、抽象絵画の先駆者として知られるピエト・モンドリアンの代表的なモチーフであるダブルライン(二本線)が由来となっています。第6回で取り上げたスティーブン・A・コーエンのように美術品オークションの常連であったり、第8回で取り上げたケネス・グリフィンのようにニューヨーク近代美術館(MoMA)へ4000万ドルも寄付する(同美術館の歴史の中で最大規模の金額)など、ヘッジファンドの創設者の多くは芸術に対する造詣が深く、ガンドラックもその一人でした。

 このダブルライン・キャピタルの設立時には、同じようにTCWから追い出されたハワード・マークスがオークツリー・キャピタルを通じて2000万ドルを出資し、20%の株式を保有しています。この投資はオークツリーに5年間で1.58億ドルの収入をもたらし、2014年にハワード・マークスが「もっと買っておくべきだった」と悔やむほどの大成功を収めます。

ジェフリー・ガンドラックを取り巻く相関図

 一方、TCWはCIOであるガンドラックを追い出したことにより、300億ドルもの運用資産が解約されてしまいました。そこでTCWはガンドラックを、会社のコンピューターから情報を盗むなど、信認義務に反して機密情報を不正流用したとして3億ドルを超す訴訟を起こします。なお、この訴訟が和解する3年後にはダブルラインの運用資産は500億ドルにも膨らんでいたそうです。

 そのような成功を受けて、米投資週刊誌『バロンズ』は2011年2月21日号のカバー・ストーリー(表紙に関連した特集記事)で彼を「新債券王」と名付けました。「新債券王」というからには「旧債券王」の存在があるわけですが、その「旧債券王」とは世界最大級の債券アクティブ運用会社ピムコ(パシフィック・インベストメント・マネジメント)の創業者であるビル・グロスのことです。

 ダブルラインがかくも急成長を遂げた背景には、MBSを中心とする「トータル・リターン戦略」と名付けられた債券運用手法が挙げられますが、これは一体いかなる戦略なのでしょうか。(敬称略、後編につづく)
 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。