シトロン・リサーチのアンドリュー・レフト(前編)―デリバティブを奏でる男たち【18】

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◆エンロンになぞらえた報告書でバリアントと対立


今回は、空売り投資家(ショートセラー)で名を馳せたシトロン・リサーチのアンドリュー・レフトを取り上げます。彼は前回に取り上げたパーシング・スクエア・キャピタル・マネジメントのビル・アックマンが、何とか再建しようとしたものの失敗に終わった、カナダの製薬会社バリアント・ファーマシューティカルズ・インターナショナル(現在のボシュ・ヘルス・カンパニーズ<BHC>)を空売りの対象としたことでも知られています。
バリアントの株価(ドル)
出所:各種報道

 レフトのシトロン・リサーチはバリアント社を、大規模な不正会計で2001年に経営破綻した総合エネルギーIT企業エンロン(詳細は以下をご参照ください)になぞらえ、同社が過大評価されているか、詐欺に従事していると主張する報告書を公表しました。その理由として、同社は管理する薬局のネットワークを通じて偽の取引を行い、医薬品販売を膨らませていたことを指摘し、米国証券取引委員会(SEC)に問題を調査するように求めます。

▼2001年 エンロン(前編)―デリバティブ投資手法の進化―破壊と創造の歴史【6】

https://fu.minkabu.jp/column/678

▼2001年 エンロン(後編)―デリバティブ投資手法の進化―破壊と創造の歴史【6】

https://fu.minkabu.jp/column/692

 もちろん、バリアント側はシトロンの報告書を否定したことに加え、「誤解を招く」ばかりでなく同社の株価を下げるために行った「市場を操作する試み」であると非難しました。これを信じてアックマンは同社株を更に200万株購入したと言います。しかし、前回でも触れた通り、バリアントとパーシング・スクエアによるインサイダー取引疑惑、およびバリアントには相場操縦疑惑まで持ち上がり、同社の株価は一段安となることを避けられませんでした。
 

◆紆余曲折のシトロン誕生


 1970年デトロイト生まれ、フロリダ育ちのアンドリュー・エドワード・レフト(通称アンドリュー・レフト)は、アックマンと同じくユダヤ人として中流階級の家庭に育ちます。1993年にノースイースタン大学を卒業した後は、年俸10万ドルを夢見て商品仲介会社であるユニバーサル・コモディティ・コーポレーションに入社しました。

 ところが、この会社は飛び込み営業で「疑わしい投資」や「リスクの高い取引」などを無理強いする問題企業だったため、レフトは9カ月で辞めています。それにもかかわらず、全米先物協会(NFA、 National Futures Association)が1998年12月に同社を制裁したとき、元従業員だったレフトも倫理訓練コースを受講させられたほか、商品先物取引の販売を行うことを3年間禁じる制裁を受けることになりました。同協会によると、レフトが「協会のコンプライアンス規則に違反して顧客をだまし、詐欺または誤解を招くような虚偽の発言をした」ことが問題となったようです。ちなみに、ユニバーサル・コモディティは別の違反により2008年に閉鎖されています。

 ユニバーサル・コモディティを辞めた後、レフトは友人から借りたお金で投資を始めますが、やがて問題企業で働いた経験を活かし、以前の株式詐欺に関与した経営陣が率いる疑わしい財務内容の問題企業を追跡するようになります。そして、2001年にストックレモン・ドットコムというブログを立ち上げ、痛烈な批判レポートを書き始めたのです。

 問題企業を見つけてはブログ、あるいはレポートで煽り、空売りを仕掛けるというレフトの手法は次第に評判を呼び、彼のアイデアに賛同する空売りのネットワークが構築されるほどになります。しかし、2007年にレフトは離婚で多くの富を失い、ブログをシトロン・リサーチに変更して再起動することを決めます。

 このような紆余曲折を経てシトロンが誕生するわけですが、レフトの手法が評判を呼ぶようになったのは結果がついてくるからでした。彼が2001年から2014年にかけて書いた空売りレポートは111社におよび、S&PキャピタルIQのデータによると、これら111社のうち1年後には90社の株式が下落したそうです。また、ウォールストリートジャーナルの調べによると、レポートが発表された翌年の平均下落率は42%に達するほどであったといいますから、その影響力は絶大と言えるでしょう。
 

◆品のないレポート


 これだけ影響力のある存在ですので、『デリバティブを奏でる男たち』ではシトロンについて過去に何度か触れる機会がありました。例えば、第5回の「ミーム株のロビンフッダー(前編)」でも「シトロン・リサーチといえば、同社が2016年に東証マザーズ上場のCYBERDYNE <7779> [東証M]を汚物呼ばわりして空売りを仕掛けたことはあまりにも有名です。」と記述しています。

▼ミーム株のロビンフッダー(前編)―デリバティブを奏でる男たち【5】―

https://fu.minkabu.jp/column/1007

 このレポートは日本語でも出されていましたが、誤字や誤った表現が散見される非常に読みにくい内容だったほか、ご丁寧に汚物のイラストまで付され、ターゲットプライスを300円としていました。レフトによると「ウォール街の研究は痛いほど退屈」だそうで、このような品のないレポートは、素晴らしいストーリーを読んでもらうにはどうしたら良いかを考えた結果だといいます。

 CYBERDYNEは、このレポートを「悪意を持って書かれたレポート」であり、「事実誤認」と反駁しました。しかし当時は、装着型のロボットスーツ「HAL」を開発した同社に対する過大な期待がマーケットにあったのかもしれません。このレポートが出された後、2000円台を維持していた同社の株価は1300円程度まで急落してしまいます。

CYBERDYNEの株価(円)

 ただ、当時の個人的な記憶をたどると、同社の空売り報告後には外資系企業のまとまった売りが散見されていたため、空売りレポートに合わせて株価の売り崩しもしっかりと行っていたように感じられました。

 このようなレフトの空売り手法は影響力が絶大であるが故に、大きな問題となることもあります。また、彼の見立てが正しくなかったり、タイミングを誤ったことなどにより大きな失敗につながることも多かったようです。そして遂には、空売りレポートを止めることにもなってしまいました。いったい何があったのでしょうか。(敬称略、後編につづく

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。