シトロン・リサーチのアンドリュー・レフト(後編)―デリバティブを奏でる男たち【18】

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◆香港金融当局と敵対、取引禁止と罰金


 シトロン・リサーチのアンドリュー・レフトは、問題企業を見つけてはブログ、あるいはレポートで煽り、空売りを仕掛けるという手法で評判を呼びましたが、その影響力が絶大であるが故に大きな問題となることもありました。例えば、2012年に香港証券先物委員会(SFC、Securities & Futures Commission、日本の金融庁にあたる香港の金融当局)は、レフトに対する市場不正行為裁判の手続きを開始します。

 その理由は、同年に公表したシトロン・リサーチのレポートが「虚偽および誤解を招く情報を広めたため」というものでしたが、そのターゲットとなった企業が、巨額の負債を抱えて経営危機に陥り、2021年に大きな注目を集めたチャイナ・エバーグランデ・グループ(中国恒大集団)でした。このレポートでレフトはエバーグランデは債務超過に陥っており、一貫して投資家に不正な情報を提示していたと主張します。

中国恒大集団の株価(香港ドル)
出所:Refinitivの日次データ、各種報道

 裁判の結果、同レポートが市場の不正行為を引き起こす可能性があるとして香港市場不正裁判所は2016年、レフトに対して香港市場における5年間の取引禁止、約160万香港ドルの取引利益の返還、ならびにSFCが調査や裁判などで負担した約400万香港ドルの費用の支払いを命じました。

 その後にレフトは控訴しますが、香港控訴裁判所によって却下されています。2021年にエバーグランデはデフォルト(債務不履行)に陥りましたので、同レポートは正しかったのかもしれません。しかし、2017年の株価急騰を考えると、デフォルトまで売りポジションを持ち続けることは厳しかったと考えられます。

中国恒大集団の株価(香港ドル)
出所:Refinitivの日次データ

 


◆売って踏み上げ


 レフトが中国企業を空売りのターゲットとしたケースは他にもあります。2020年4月、ニューヨーク証券取引所に上場している中国のオンライン教育プラットフォーム、跟誰学(GSXテクエデュ、現ガオツ・テクエデュ<GOTU>)に対して「売り上げを7割水増ししており、2011年以降で最も明らかな中国株詐欺」と指摘します。

乱高下する跟誰学の株価(ドル)
出所:Refinitivの日次データ、各種報道

 もっとも、このレポートは「二番煎じ」であり、同年2月に同業のショートセラーであるグリズリー・リサーチのジークフリート・エッゲルトが似たような問題を指摘していました。合わせてショートセラーであるマディ・ウォーターズ・キャピタルのカーソン・ブロックが空売りに参戦します。しかし、その後に株価は大きく値上がりしており、ショートセラー達は踏み上げられた可能性が高いことを物語っています。

 この銘柄には第6回で取り上げたメルビン・キャピタルのゲイブ・プロトキンも2020年10-12月期に空売りを仕掛けました。そして、第1回で取り上げたアルケゴス・キャピタルのビル・フアンが、2021年3月に巨額損失問題を引き起こす直前で大量保有していた銘柄でもあります。2020年の半ばに株価を持ち上げたのはビル・フアンだったのかもしれません。

▼メルビン・キャピタルのゲイブ・プロトキン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【6】
https://fu.minkabu.jp/column/1053

 

 

◆買って暴落


 また、レフトはほぼ同じタイミングで、珍しく中国株を買っていました。それは中国のコーヒーチェーン、瑞幸珈琲(ラッキン・コーヒー)です。スターバックス<SBUX>を追い越す勢いで急成長を遂げた同社は、創業からわずか2年足らずの2019年5月に米ナスダック市場へ上場を果たしました。

 ところが、2020年に入って間もなく、同社に対して「中国詐欺2.0の新世代が登場した」と指摘する匿名のレポ―トがショートセラーに出回ります。马自铭(ショーン・マ)率いる中国のヘッジファンド、雪湖資本(スノーレイク・キャピタル)が書いたと言われるこのレポートには、ラッキンが売上高を水増ししているという内容が記載されていたそうです。

 これを逸早く取り上げたのがマディ・ウォーターズのカーソン・ブロックでしたが、レフトは大株主から直接話を聞いてラッキンの株式を取得していたため、水増しを疑っていなかったようです。しかし、2020年4月にラッキンは2019年の売上高が捏造(ねつぞう)されていたと公表。翌々月には売買停止、上場廃止となりました。

上場廃止となる瑞幸珈琲(ドル)
出所:日次データ、各種報道

 もっともラッキンは、第12回で取り上げたラリー・フィンク率いるブラックロックやシンガポール政府投資公社(GIC)など、他の有力投資家からも支援を受けていたことから疑う余地は少なかったといえます。そのため、この問題を見抜けなかったのはレフトだけでなく、ローン・パイン・キャピタルのスティーブン・マンデル・ジュニアや、第7回で取り上げたポイント72アセット・マネジメントのスティーブ・コーエンなども含まれていたそうです。

▼ポイント72アセットのスティーブン・A・コーエン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【7】
https://fu.minkabu.jp/column/1059

▼ポイント72アセットのスティーブン・A・コーエン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【7】
https://fu.minkabu.jp/column/1067

 

 

 

◆人を呪わば穴二つ


 しかし、何と言っても一番手厳しい失敗は、メルビンのプロトキンも踏まされた世界最大のコンピュータゲーム小売店である米ゲームストップ<GME>の空売りでした。BBS(電子掲示板)であるレディットの小コミュニティ「ウォールストリートベッツ(r/wallstreetbets)」などでゲームストップなどのミーム株を買い煽る個人投資家の群れ、ロビンフッダーはショートセラーを目の仇にします。

 ミーム(meme)とは元々、人から人へコピーされる様々な情報を意味する言葉でしたが、最近は「ウォールストリートベッツ」や、同じレディットの小コミュニティである「スーパーストンク(r/superstonk)」などで盛んに煽られる銘柄を指してミーム株というようになりました。また、ロビンフッダーに関しては以下をご参照ください。

▼ミーム株のロビン・フッダー(前編)―デリバティブを奏でる男たち【5】
https://fu.minkabu.jp/column/1007

▼ミーム株のロビン・フッダー(後編)―デリバティブを奏でる男たち【5】
https://fu.minkabu.jp/column/1016

 ロビンフッダーは徒党を組んでショートセラーの空売り銘柄を買い上げ、玉締め(ショート・スクィーズ、需給を逼迫させて売り方の買い戻しを誘発させる手法)を狙うほか、特定のショートセラーを標的にして個人攻撃を仕掛けます。具体的には、ターゲットとするショートセラーの個人情報を共有して、ソーシャルメディア・アカウントにハッカー攻撃を加える、本人だけでなく子どもにまで脅しのメッセージを送りつける、あるいは真夜中に大量のピザを注文して自宅に送りつけるなど、恫喝や恐喝とも考えられる悪質な嫌がらせを行いました。

 ショートセラーにとって相手企業からの攻撃や批判は日常茶飯事であるものの、彼らとの争いごとには慣れており、こうしたロビンフッダーからの攻撃に比べれば痛くも痒くもないといいます。つまり、それだけロビンフッダーからの攻撃はレフトを相当に追い詰めたと考えられます。

乱高下する米ゲームストップ株価(ドル)
出所:日次データ(終値ベース)、各種報道

 結果としてレフトは、「株価は50%値下がりする」というライブ映像配信を中止し、数日後に株価およそ90ドルで買い戻しを余儀なくされました。加えて、今後は空売りに関するリポートを公表しないと表明することになります。もっとも、「人を呪わば穴二つ」と言います。その後のゲームストップ株の乱高下をみるに、多くのロビンフッダーが大なり小なり損失を余儀なくされたことは容易に想像できるでしょう。(敬称略)
 

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。