◆破壊的なイノベーション
破壊的なイノベーション(技術革新)と言えば、第13回で取り上げたアーク・インベストメントのキャシー・ウッドが十八番としているところです。もっとも、ウッドがそうしたイノベーションを起こす企業を投資対象としているのに対して、タイガー・グローバルはベンチャーキャピタル業界そのものにイノベーション(技術革新)を起こしました。
▼アーク・インベストメントのキャシー・ウッド(前編)―デリバティブを奏でる男たち【13】
https://fu.minkabu.jp/column/1160
▼アーク・インベストメントのキャシー・ウッド(後編)―デリバティブを奏でる男たち【13】
https://fu.minkabu.jp/column/1168
◆タイガー・グローバルの飛躍
スタートアップやテクノロジー企業、ベンチャーキャピタルに関する情報サービス会社であるCBインサイツによると、2021年の世界のベンチャー投資は6210億ドルに達したとされます。2940億ドルだった前年の2倍以上と飛躍的に拡大しています。そして、この飛躍をリードした1社がタイガー・グローバルとみられています。
同社は2021年に335件のベンチャー企業投資に関わりました。これは世界的なベンチャーキャピタルの大手であるアンドリーセン・ホロウィッツ(通称a16z)やソフトバンクグループ<9984>のビジョン・ファンドを上回る数です。投資総額においても約600億ドルとビジョン・ファンドに匹敵する水準だったようです。
また、同社はベンチャー投資のためにファンドを設立し、2021年の初めに37.5億ドル、同年3月に67億ドル、そして年末には88億ドルもの資金調達を実現しました。これだけの資金が集められたのは、以前からベンチャーキャピタル投資をしていた信頼と過去の高い運用実績があったからだと推測されます。
◆スピードと手軽さ
年間で335件に投資ということは、ほぼ毎日1社ずつどこかのベンチャー企業に投資していたことを意味しますが、タイガー・グローバルが実施するベンチャー投資の最大の特徴は、そのスピードと手軽さにあるのではないでしょうか。
ベンチャーキャピタル業界では、投資の意思決定に少なくとも4週間程度の時間を掛けるのが一般的のようです。それは社内の階層を通じて段階的な意思決定を行うことも影響していますが、何よりも長期にわたるデューデリジェンス(資産査定)と慎重な投資先の選別を行っているからです。その結果、投資家から集めた資金を2~4年かけて投資していくことになりますので、しばらくは投資されない資金も出てきます。
ところがタイガー・グローバルは、集めた資金が眠ったままにならないよう速やかに投資します。しかも、システマティックにベンチャー企業を評価する手法を確立しており、ベイン・アンド・カンパニーのような戦略的な大手経営コンサルタントなどに委託して事前にデューデリジェンスを交渉前の段階で済ませているようです。そのため、投資企業にアプローチした翌日には投資しているといったケースもありました。
また、ベンチャーキャピタル業界では、資金調達活動をしていないベンチャー企業に対しては投資提案をしないと言います。これは投資家側の立場を優位にすることが目的らしく、特に多くのベンチャー企業やハイテク系のグローバル企業が密集するシリコンバレーにおいては、その傾向が強いといわれています。
しかし、タイガー・グローバルはそうした業界慣習も無視します。また、投資した後も投資企業の取締役会には時間の無駄としてほとんど参加しない一方で、前出の経営コンサルタントをいつでも利用できるようにするなど投資企業に対して様々なサポートを行っています。これらはベンチャー企業側にとってはありがたいことです。
◆加速するベンチャー投資
タイガー・グローバルのように迅速に投資を行えたとしても、上場できなかったり、他社に高値で買収されなければ元も子もありません。しかし、彼らの攻撃的なスピード投資が妥当なのかどうかがはっきりするには、少なくとも5~8年の時間が必要です。業界では彼らのような新参者を「観光客投資家」と呼んで蔑んでいました。2016年にソフトバンクグループが立ち上げたビジョン・ファンドなどは、その代表だったようですが、投資額の大きさやスピードにそう言ってもいられなくなりました。
また、タイガー・グローバルは同業となるソフトバンクグループの株式を、2018年の4-6月期に10億ドルも買って話題となりました。ソフトバンクグループの株価を割安と判断し、今後大きな上昇が見込めるとみて投資に踏み切ったそうですが、当時のタイガー・グローバルの運用資産総額は約220億ドル、ソフトバンクグループの時価総額が約890億ドルでしたから、それなりに大きな投資だったと考えられます。
![ソフトバンクグループ<9984>(円) ソフトバンクグループ<9984>(円)](https://s3.fu.minkabu.jp/pictures/1450/original_s1.png)
加えて、シリコンバレーのハイテク投資で定評のあるベンチャーキャピタル投資ファンド、シルバーレイク・パートナーズから、ジョン・カーティウスが2017年にタイガー・グローバルへ移籍します。彼がタイガーのロングオンリー・ファンドとプライベートエクイティ投資を担当するスコット・シュライファーの下に就き、2019年にリー・フィクセルがタイガー・グローバルを辞めてから、こうしたベンチャー投資が急加速していったようです。
従来のベンチャーキャピタル業界から見れば、タイガー・グローバルの投資スタイルは異常に見えます。タイガー・グローバルの歴史においても2021年のベンチャー投資案件数335件は異常でした。なぜならば、同社の前身であるタイガー・テクノロジーの2001年設立から2010年までの間に同社が投資したベンチャー企業件数は30件(年平均3件)、そして2011年から2020年までは449件(年平均およそ45件)だったからです。
![タイガー・グローバルの年平均ベンチャー投資案件数 タイガー・グローバルの年平均ベンチャー投資案件数](https://s3.fu.minkabu.jp/pictures/1451/original_s2.png)
もちろん、これらには同じ企業への投資もあれば、他の投資家から買った分も含まれています。しかし、異常なまでの件数拡大の背景には、ひとつの戦略があるのかもしれません。例えばベンチャー企業投資をひとつの株式市場への投資と捉え、マーケット時価総額の上位10%の銘柄にまとめて投資することで、その株式市場のベンチマークに投資しているのと同じ効果を狙っているとしたらどうでしょうか。
つまり、ベンチャーキャピタル・マーケットの緩いパッシブ運用ということです。この見方が正しいかどうかは分かりませんが、このように考えられるほど、タイガー・グローバルは果敢に投資を行っています。今後も、どれだけの投資案件をこなし、どれだけのパフォーマンスを上げていくのでしょうか。5~8年先の成果が注目されます。(敬称略)