◆収益ランキングで高い水準にランキング
前回は、LCHインベストメンツによる2021年のヘッジファンド収益ランキングにおいて、トップとなった英系アクティビスト(物言う株主)・ファンド、ザ・チルドレンズ・インベストメント・ファンド・マネジメント(TCI)のクリス・ホーンを取り上げましたが、今回は2020年も、2021年においてもトップではありませんが、高い水準にランキングされていたクオンツ投資の先駆者D.E.ショー・アンド・カンパニーを取り上げます。
出所:各種報道、再掲
クオンツとは数量的とか、定量的という意味の英単語(Quantitative)から派生した金融業界の用語です。企業業績や財務などのミクロ・データや経済指標などのマクロ・データ、あるいは株価や金利、為替などのマーケット・データを数学的な手法で解析し、バリュエーション評価や市場価格の変動予測などに利用する手法、もしくはそのような方法を用いる業界関係者や関連部署を指します。
2021年6月現在、運用資産が550億ドルのD.E.ショーは、創設者であるデービッド・エリオット・ショー(通称デービッド・ショー)の名前がそのまま社名になっています。彼は1951年3月に生まれ、米カリフォルニア州ロサンゼルスで育ちました。父親は理論物理学者、母親は芸術家であり、教育者です。また、継父は金融を専門とする大学教授といったアカデミック・ファミリーでした。彼は学生時代に映画を製作・上映して稼ぐことを試みたり、ネクタイ製造会社を設立するなど、起業家精神が旺盛な子供だったようです。
◆大学から金融業界に鞍替え
大学を卒業した後はスタンフォード大学の大学院に進学。ここで人が理解しやすい言語や数式をコンピューターが理解しやすい機械語に翻訳するコンパイラーの開発会社を設立します。この会社は成功しましたが、会社経営と博士号取得の両立は難しいということで博士号の取得を優先し、会社を売り払いました。
彼は1980年に博士号を取得後、コロンビア大学のコンピューター科学部の研究員(後に助教授)に就任します。そこでは米国防総省の国防高等研究計画庁(DARPA)から数百万ドルの研究委託を受け、スーパーコンピューターの原型を完成させました。しかし、本格的なスーパーコンピューターを完成させるためには更に数千万ドルの資金が必要になり、政府の支援だけでは足りません。ベンチャー・キャピタルなどからの資金調達も試みますが、なかなか上手くいきませんでした。
そんなときにモルガン・スタンレー<MS>から破格のオファーが入ります。自動自己勘定取引グループの技術担当副社長のポストでした。彼は1986年に金融業界へ鞍替えします。同業他社に有利なヒントを与えてしまうことになりかねないため、彼はモルガン・スタンレーで行っていたことについて多くを語ろうとしませんが、このグループが主に取引していた戦略のひとつに、ペア・トレードといわれるロング・ショート戦略があったと言われています。
◆ペア・トレード
ペア・トレードとは、相関関係の高い二つの金融商品間における価格のひずみを利用して収益をあげる取引手法です。例えば、同じ業界の似たような規模の企業A社とB社では、それぞれの株価が似たような値動きをする、すなわち高い相関性が予想されます。ところが、何らかの都合で株価の相関性が崩れたとき、ファンダメンタルズや業績などに大きな違いが生じていないとなれば、A社とB社の株価の関係は元に戻ると考えられます。こうした考え方に基づき、相関性が崩れたときに割安となった企業の株式を買い、割高となった企業の株式を空売りして、株価の関係が元に戻ったときにポジションを解消します。
具体的に、みずほフィナンシャルグループ <8411>とゆうちょ銀行 <7182>でペア・トレードを行ってみましょう。以下は2021年年初から年末までの両銘柄の株価推移とMJ倍率(「みずほの株価/ゆうちょ銀の株価」を、ここではそのように名付けました)の推移を示したものです。MJ倍率が下がるとみずほが割安・ゆうちょ銀が割高、上がるとみずほが割高・ゆうちょ銀が割安と判断します。このMJ倍率は年前半におよそ1.5割れから1.8超えの間で推移していました。
その後、MJ倍率は11月4日に1.8を超えた際(11月4日のみずほ終値1582.5円、ゆうちょ銀872円)、みずほ1000株売り(158.25万円=1582.5円×1000株)・ゆうちょ銀1800株買い(156.96万円=872円×1800株)のポジションを持ちます。株数の違いは売り建玉と買い建玉の金額をできるだけ揃えるためですが、それはマーケット全体が大きく変動したときの影響を極力抑えることを目的としています。
12月10日にMJ倍率は1.5を割れたので(12月10日のみずほ終値1446.5円、ゆうちょ銀965円)、ポジションを解消します。このときの利益は以下の通り(ただし、手数料や税金などのコストは無視)で、決して高いパフォーマンスとは言えないかもしれませんが、市場の乱高下をほぼ無視できる相当にリスクを抑えたトレードと言えます。ただ、このトレードでもファンダメンタルズや業績などに大きな違いが生じ始めてMJ倍率が1.9を超えてしまい、ポジションの評価損が膨らんでしまうことも十分あり得ます。あらかじめストップロス・ポイントを決めておく、といったリスク管理が欠かせない手法なのです。
30.34万円=(1582.5円-1446.5円)×1000株+(965円-872円)×1800株
◆自分の会社を設立
もちろん、ショーがモルガン・スタンレーで行っていたことは、かように単純なモデルではなく、複数銘柄群のペア・トレードや株価以外のファンダメンタルズ・データを利用したトレードなどを幾つも組み合わせた上、市場変動によるシステマティック・リスクを可能な限り排除した戦略だったと考えられています。また、過去の価格データを解析し、明確な<アノマリー(理論的根拠のないマーケットの経験則)やパターンを幾つも見つけ、アルゴリズム・トレードも行っていたといわれます。アルゴリズムとは本来、問題解決のための手順や計算方法といった意味の言葉ですが、アルゴリズム・トレードはコンピューターがマーケットの状況に応じて、自動的に数量やタイミングを決めて売買を繰り返すプログラム・トレードのことを指します。
こうした手法が確立されると、元より起業家精神が旺盛なショーは2年でモルガン・スタンレーを辞め、自分の会社D.E.ショー・アンド・カンパニーを設立しました。そして、ドナルド・サスマン率いるパロマパートナーズ・マネジメントなどから2800万ドルの資本を確保し、1989年6月からニューヨーク大学近くの書店の2階でトレードを始めます。(敬称略、後編につづく)