◆ヘッジファンドの2021年収益トップ
前回は、LCHインベストメンツによる2020年のヘッジファンド収益ランキングにおいて、トップにランキングされたタイガー・グローバルのチェイス・コールマンを取り上げました。これに続き今回は、2021年のヘッジファンド収益ランキングにおいて、トップとなった英系アクティビスト(物言う株主)・ファンド、ザ・チルドレンズ・インベストメント・ファンド・マネジメント(TCI)のクリス・ホーンを取り上げます。
出所:各種報道
2021年にヘッジファンド全社が稼いだ利益は1760億ドル。2020年の1270億ドルより4割弱ほど増えましたが、2019年の1780億ドルには届きませんでした。そのような投資環境の中で前回の8位からトップに躍り出たTCIは、2021年6月現在およそ400億ドルを運用しています。
TCI創設者のクリストファー・アンソニー・ホーン卿(通称クリス・ホーン)は、1966年に英国のイングランド南東部サリー州で生まれました。サウサンプトン大学では会計学とビジネス経済学の最優等学位(ファーストクラス・オーナーズ)を取得。同校を卒業した後は、ハーバード・ビジネス・スクールに進学します。そこではベーカー・スカラー (成績上位5%の生徒に与えられるタイトル)を得て1993年に卒業しました。
卒業後、ホーンはロンドンに本社を置く英国の大手プライベート・エクイティ会社、アパックス・パートナーズで働きます。そして、1996年にウォール街のヘッジファンド、ペリー・キャピタル(2016年に閉鎖)へ移籍。2年後にペリーのロンドン事業責任者となりました。ホーンのペリーでの運用実績は合計で推定7500万ポンドといいますから、1ポンド=1.35ドルとすれば約1億ドルにもなります。
2003年にホーンは、この運用実績により5億ドルを集めてヘッジファンドTCIを設立しました。このファンドは、妻が運営する慈善団体のザ・チルドレンズ・インベストメント・ファンド財団が、その名前の由来となっています。同財団は開発途上国に暮らす貧しい子供たちの生活を改善することに焦点を当てており、TCIは毎年ファンド資産の0.5%を財団に寄付することにしました。
毎年の寄付はホーンが離婚するまで続けられ、その額は45億ドルにも及びました。その後も寄付はホーンの裁量で行われているようです。こうした慈善活動と国際開発への奉仕による功績で、ホーンは2014年に聖ミカエルとセントジョージ勲章(KCMG)の騎士司令官(ナイトコマンダー)に任命され、英国王室からサーの称号を授与されています。
◆公共セクターに対する投資を得意とするアクティビスト
ヘッジファンドTCIは取引所、金融機関、鉄道、電力など公共セクターに対する投資を得意とするアクティビスト・ファンドです。例えば2004年、ロンドン証券取引所に買収を提案したドイツ取引所の株式を短期間で10%近くも買い占めた後、米系ヘッジファンドのアティカス・キャピタル(2010年閉鎖)とともに同提案を撤回させ、当時の最高経営責任者(CEO)を退任に追い込みます。
TCIとしては当時、ユーロネクストとの統合がドイツ取引所の株式価値を高めると考えていたようです。その後、2016年には再びロンドン証券取引所とドイツ取引所との間で合併計画が持ち上がります。このときホーンは前回と異なり合併支持に回ったものの、やはり合併は実現せずに終わっています。
また、2007年にTCIはオランダの大手金融機関であるABNアムロ銀行の株式を1%取得。同行の経営不振を改善すべく、分割や競争入札による身売りなどの提案を行います。これに対抗すべくABNアムロ銀行は英金融機関のバークレイズとの合併を模索しますが、結局は英金融機関のロイヤルバンク・オブ・スコットランド・グループ(RBS、現在のナットウェストグループ<NWG>傘下)が主導するコンソーシアム(共同事業体)に高値で買収され、同行は解体されてしまいました。
しかし、コンソーシアムに参加してABNアムロ銀行のオランダ・ベルギー部門を得た金融機関のフォルテス・フィナンシャル・グループが、2008年のリーマン・ショックで破綻。フォルテスのオランダ部門はオランダ政府に買収され、ABNアムロ銀行として再構築されました。
◆トータル・リターン・スワップ
2008年には、傘下ファンドを通じてTCIに投資していたヘッジファンド、3Gキャピタル・パートナーズとともに米鉄道大手CSXコーポレーション<CSX>の株式を20%近くも買い占めます。そして、役員の選出や自社株買いなどを迫りますが、CSX側はTCIや3Gがデリバティブ(金融派生商品)を使って実質的な株式持ち高を隠した、つまり証券取引所法13条d項(通称13D)に基づく大量保有報告制度違反などがあったとして議決権行使の禁止を求め提訴します。このときにTCIがドイツ銀行とモルガン・スタンレーを通じて利用していたデリバティブこそ、第1回で取り上げたアルケゴス・キャピタルのビル・フアンも利用していたトータル・リターン・スワップでした(詳細は以下をご参照ください)。
▼アルケゴス・キャピタルのビル・フアン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【1】
https://fu.minkabu.jp/column/932
提訴の結果、裁判所はCSX株を大量取得する過程でTCIや3Gが13Dに違反したことは認めたものの、彼らを株主投票から排除することはできないとしました。一方で違反に対する罰則は証券取引委員会(SEC)に委ねましたが、SECは「単に経済的利益だけを得て、株式を保有することがないデリバティブ・ポジションの保有者を実質株主とはみなさない」として処分を見送ります。また、市場の混乱を嫌った国際スワップ・デリバティブズ協会(ISDA、International Swaps And Derivatives Association)や全米証券業協会(NASD、National Association of Securities Dealers)もファンド支持に回りました。そのため、大量保有報告規制はあってないような規制となり、これが後にアルケゴスのような問題を引き起こしたとも考えられるのです。
出所:各種報道
一方、この判決を受けてホーンはCSXの役員となるのですが、リーマン・ショックもあってCSXの株価は急落に見舞われてしまいます。2009年にTCIはCSX株を売却、ホーンも役員を辞任するなど、CSX株の買い占めはあまり良い結果には結びつきませんでした。かように投資先との軋轢(あつれき)が避けられないアクティビスト・ファンドですが、TCIは欧米だけでなく日本でもアクティビストとして活動していたのです。(敬称一部略、後編につづく)