ファラロン・キャピタルのトム・ステイヤー(後編)―デリバティブを奏でる男たち【26】―

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◆創設者ステイヤーは政治の世界へ


 前編で示した通り、ファラロン・キャピタル・マネジメントの創設者であるトーマス・ファール・ステイヤー(通称トム・ステイヤー)は、2012年にファラロンの経営から身を引きます。その理由は、彼が政治の世界へのめり込んでいったからでした。ステイヤーは地球温暖化と戦い、再生可能エネルギーを推進すべく政治の世界へと走り出し、2020年の米大統領選挙では一時、民主党の大統領候補として選挙活動を展開したほどでした。

 元々ステイヤーはイェール大学で政治学を専攻していたほか、在学中にウルフズ・ヘッド・ソサエティ(Wolf's Head Society)という大学協会のメンバーでした。同大では、こうした組織が幾つかあり、中でも同協会はスカル・アンド・ボーンズ、スクロール・アンド・キーと並んで「ビッグ・スリー」と称される存在でした。

 スカル・アンド・ボーンズは秘密結社として取り沙汰されることも多く、そのメンバーにはブッシュ元大統領親子やジョン・ケリー元国務長官などの名が挙がります。このスカル・アンド・ボーンズに対抗して組織されたのが、ウルフズ・ヘッド・ソサエティでした。このような大学時代の活動が底流にあって、ステイヤーは政治の世界へのめり込んでいったものと考えられます。

 ステイヤー引退後のファラロンは、アンドリュー・ジェームズ・マクリーン・スポークスが引き継ぎました。彼は元々ステイヤーが一時在籍していたゴールドマン・サックス・グループ<GS>でアジア部門の上級管理職を務め、企業金融部門の責任者でもありましたが、1997年にファラロンへ移籍しています。彼はファラロン傘下のファンド、ヌーンデイ・グローバル・マネジメント(2013年にファラロンと統合)のポートフォリオ管理と戦略を監督していたほか、1998年にファラロン初の国際事務所をロンドンに開設するなど、当初からマネジメントに携わっていたようです。
 

◆日本株にも投資するファラロン


 ファラロンは最近、日本においても活発な動きを見せています。例えば、2018年に会社更生法の適用を申請して上場廃止となった日本海洋掘削と2019年にスポンサー契約を締結しました。残念ながら2020年に契約は解除となりましたが、ディストレス投資(経営破綻先や不良債権先などが発行する債券や株式への投資)に強みを持つファラロンならではの動きでしょう。

 また、2021年には東証スタンダード上場のブロードバンドタワー <3776> [東証S]が実施した第三者割当増資を、同社の筆頭株主であるインターネット総合研究所(旧インターネット総合研究所は1999年に東証マザーズの上場第1号企業として上場したものの、2007年に上場廃止)などとともに引き受けています。

 しかし、何と言っても最近の話題では2017年に実施した東芝 <6502> [東証P]への出資ではないでしょうか。東芝が2006年に54億ドル(約6600億円)で買収した米原発会社ウエスチングハウス・エレクトリックは2017年にチャプター11(米連邦破産法11条)の適用を申請。東芝が計上した関連損失は1.2兆円を超えたと言います。

 この影響で東芝は債務超過に陥り、2017年に東証1部から2部へ指定替えとなってしまいました。そうでなくとも2015年に発覚した不正会計問題による影響もあり、2期連続の債務超過と上場廃止も視野に入ります。そこで海外の投資会社およそ30社(約60ファンド)に対する約6000億円もの第三者割当増資を2017年末に実施しました。

 ファラロンはチヌーク・ホールディングス・リミテッドを通じて1365万株(総増資株数の約6%)を取得します。この案件は当時、国内証券を差し置いてゴールドマン・サックスが一気に海外投資家を掻き集め、増資アドバイザー契約をほぼ独り占めしたことでも話題になりました。

 上述した通り、ゴールドマンと言えばファラロンの創業者であるステイヤー、ならびにその後を継いだスポークスが在籍していたことから、投資案件としてファラロンにも声が掛かったものと推察されますが、ファラロンはこのディストレス投資のチャンスは見逃さなかったようです。
 

◆二転三転する東芝の行方


 「急いては事を仕損じる」と言いますが、急いで搔き集めた投資家には旧村上ファンド関係者が運営する投資会社エフィッシモ キャピタル マネージメントをはじめ、多くのアクティビスト(物言う株主)が含まれており、その後の東芝の経営に口を挟んできました。ちなみに同じ増資を引き受けたエフィッシモは、ECMマスター・ファンドを通じて3200万株(総増資株数の約14%)を取得した模様です。

 ファラロンはアクティビストに分類されているわけではありませんが、2020年には、東芝が改定した中期経営計画が2年前の公表内容から大きく変わることに対し、「合理的な説明を求める」と声を上げます。しかも、小規模なM&A(合併・買収)から1兆円を超える大規模なM&Aへと経営戦略が変わるということで、過去の失敗を繰り返す懸念があったのかもしれません。

 そこで臨時株主総会を招集し、資本政策を変更する際には株主の了承を得るよう定款の新設を求めました。また、2020年7月に実施された株主総会で大株主らによる議決権行使書が無効扱いとなった問題を受け、筆頭株主となったエフィッシモも臨時株主総会の招集を要求。この問題に関する会社側の調査では透明性が欠けるとして、調査する弁護士の選任を求めます。臨時株主総会は2021年3月に実施され、ファラロンの提案は否決される一方、エフィッシモの提案は可決されました。

 この総会の翌月に、東芝は英投資ファンドのCVCキャピタル・パートナーズから買収提案を受けます。時価の3割増しという買収価格を提示されたようですが、東芝の社長が以前にCVCキャピタル・パートナーズの日本法人会長を務めていたことが発覚すると、すぐに提案は取り下げられ、東芝の社長は辞任に追い込まれる、というドタバタ劇が展開されました。

東芝<6502>


 このドタバタ劇から約半年後の2021年11月、今度は東芝が3分割計画を公表し、2022年3月に臨時株主総会を開催すると発表しました。これに対してファラロンは現行では賛成できないとし、この提案は3分2以上の賛成を必要とする特別決議にすべきとの書簡を公表します。その後に分割案は3分割ではなく、2分割に変更されましたが、臨時株主総会では過半数の支持を得られず否決されてしまいます。

 この総会の直後に今度は、米プライベート・エクイティ会社ベインキャピタルが買収を検討していると報じられます。同社は2018年に韓国のSKハイニックスとキオクシアホールディングス(東芝の半導体事業部だった旧東芝メモリー)を買収し、現在はキオクシア株式の過半数を事実上握っているようです。加えて、東芝の筆頭株主であるエフィッシモは、ベインキャピタルが東芝のTOBを実施するならば応募するとしました。このため、買収の可能性が高まっているとみられていますが、これまでの経緯を考えると一筋縄ではいかないのではないでしょうか。

 かようにディストレス投資は様々な思惑が交錯するため、収益に結び付けるのはなかなか難しい案件ですが、それだけに上手くいくと大きな利益をもたらす可能性があります。この東芝の件でファラロンは今ひとつ主導権を握れていないようですが、増資を引き受けてから5年目になる2022年には、何らかの結果を出す必要があるのではないでしょうか。(敬称略)

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。