リー・エインズリー(後編)―デリバティブを奏でる男たち【29】―

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◆マーベリックの運用スタイル


リー・エインズリーが率いるマーベリック・キャピタルは、株式のロング・ショート戦略を主要な運用スタイルとし、グローバル・マクロ系ファンドが手掛ける債券や為替、金利などでポジションを膨らませず、先物やオプションといったデリバティブもあまり触らないとされます。借入金などで運用資産を大きくするレバレッジに関しても、最大6倍まで掛けることができるところをせいぜい2.5倍にとどめるなど、ヘッジファンドではあってもレバレッジファンドとはいえなさそうです。

 同社は基本的に小売、情報通信、テクノロジー、ヘルスケア、金融、シクリカル(景気循環)、日本とアジア、ラテンアメリカといった8つのチームに分かれており、それぞれのチームが独立して運用を行いつつ、ひとつのチームの投資ウェートが全体の20%を超えないように分散されています。

 また、投資対象となる銘柄は流動性が高い銘柄に限定しているほか、年間20%以上の値上がり、もしくは値下がりが期待できることを条件としています。ただ、その選択は買うにしても売るにしても、マクロ経済環境などから銘柄を選択していくトップダウン型アプローチでなく、地道な調査をベースとするボトムアップ型のアプローチを行っています。

 各チームには専門知識が豊富で、かつ業界での経験が長いアナリストやファンド・マネージャーが数多く在籍していますが、調査の結果として投資する銘柄数を極端に絞っており、ひとりひとりの負担を少なくしています。その一方で、調査には非常に長い時間をかけ、投資対象となる会社のビジネスモデルや経営者の資質などを綿密に分析。継続的に生み出されるキャッシュフローを推測し、株価が示す企業価値と比較することを繰り返しているといわれます。

 加えて、マーベリックでは投資期間を1~3年程度とするものの、毎日のように各ポジションを評価して、現在のポジションサイズが資本の最も効果的な使い方であるのかを検討するほか、アナリストやファンド・マネージャーに「恥のシート」を配布しています。これには投資対象から生じた評価損が投資以来、年初来、月初来などに分かれて示されており、損失を取り戻すためにポジションを手仕舞うのか、あるいはポジションを増やすのかを日々考えさせているといいます。
 

◆ロング・ショート以外の戦略


 このようにマーベリックは典型的なストック・ピッカー(銘柄選択者)であり、投資対象となる企業の経営者と綿密な関係を維持しようとしていますが、アクティビスト(物言う株主)のように「経営に物申す」ことはありません。そのようなことをすれば、経営者との関係が悪くなるほか、他の企業の経営者との関係も気まずくなる可能性があるからとエインズリーは考えており、問題があれば「経営に物申す」より、保有していれば手放し、さらに問題があれば空売りを仕掛けることを選ぶようです。

 また、マーベリックはロング・ショート戦略以外にもプライベート・エクイティ(未上場企業)投資を行っています。マネージングディレクターのデビッド・シンガーを中心として2004年から試験的に運用を始め、10年後の2014年にシリコンバレー内外のヘルスケア、小売、ソフトウェア企業へ投資する本格的なベンチャーキャピタル・ファンドを立ち上げるという長いプロセスを経ました。

 加えて当初、エインズリーは「時間とお金の無駄になるかもしれない」などと懐疑的だったクオンツ(定量分析)についても2006年から手掛け始めました。そして、2015年に取り組みを強化し、本格的なクオンツ・チームを立ち上げています。ここでのクオンツの解析対象は従来、投資の際に活用していた貸借対照表や損益計算書などの財務データ、あるいは株価や市況関連情報などの金融市場データ(トラディショナル・データと呼びます)ではありません。いわゆるオルタナティブ・データと呼ばれるもので、具体的にはPOS(販売時点情報管理)データ、クレジットカード・データ、車や人などの位置情報、あるいは衛星画像に至るまで、それ以前に利活用が進んでいなかったデータを解析対象としています。

 これらオルタナティブ・データの結果が財務データとなり、それらが金融市場データに反映されるわけですから、理論的には「オルタナティブ・データを制することができれば、マーケットを制する」ことができるわけです。もっとも、これらの定量分析の結果をファンダメンタルズ分析と組み合わせて投資に活用するためには様々な試行錯誤が必要だったらしく、マーベリックにおいても上手く活用できるようになったのは2018年頃からだったといいます。

 クオンツ・チームでは最近、株式やオプション取引を議論するコミュニティのウォールストリート・ベッツ(r/wallstreetbets)、あるいはこれ以外のロビンフッダー(経験が浅い個人投資家)向けのコミュニティ・フォーラムについても網羅的に監視しているようです。米国で人気のBBS(電子掲示板)、レディット(Reddit)では様々なコミュニティ・フォーラムが立ち上がっており、ウォールストリート・ベッツは2022年5月現在、登録者数が1200万人を超えています。

 こうしたコミュニティ・フォーラムでは、世界最大のコンピューターゲーム小売店である米ゲームストップ<GME>や米映画館チェーン大手AMCエンターテインメント・ホールディングス<AMC>などの銘柄がもてはやされ、ミーム株として株価が暴騰、暴落を繰り返しました。なお、ロビンフッダーやミーム株に関しては以下をご参照ください。


▼ミーム株のロビンフッダー(前編)―デリバティブを奏でる男たち【5】
https://fu.minkabu.jp/column/1007


▼ミーム株のロビンフッダー(後編)―デリバティブを奏でる男たち【5】
https://fu.minkabu.jp/column/1016


 ゲイブ・プロトキン率いるメルビン・キャピタルが、ゲームストップを売り向かって巨額の損失を出してしまったことは第6回で取り上げましたが、マーベリックではクオンツ・チームの解析結果を基にゲームストップの暴騰、暴落で上手く立ち回り、大きな利益を得たとされます。


▼メルビン・キャピタルのゲイブ・プロトキン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【6】
https://fu.minkabu.jp/column/1035


▼メルビン・キャピタルのゲイブ・プロトキン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【6】
https://fu.minkabu.jp/column/1053


 もちろん、メルビンでもオルタナティブ・データを解析しており、個人投資家向けのコミュニティ・フォーラムも監視していたようですが、それをどのように判断するかで投資結果は明暗が分かれたとみられます。もっとも、こうした判断にもAI(人工知能)が導入され始めており、今後はパフォーマンスの向上に寄与していくことでしょう。

 マーベリックは足元で、韓国最大の電子商取引企業であるクーパン<CPNG>の投資ウェートが大きく膨らんでいます。クーパンは同分野で20%近くの市場シェアを誇り、ビデオ・ストリーミング・サービスやフードデリバリーなども手掛ける「韓国のアマゾン」とも呼ぶべき企業です。2021年9月と2022年3月にソフトバンクグループ <9984> [東証P]のビジョン・ファンドが保有株を売却したことでも話題になった銘柄です。

クーパン(ドル)
※日足、NY市場の価格

 2022年2月現在、マーベリックはクーパン株を6%も保有する大株主であり、同社株がポートフォリオの3分の1以上を占めています。2021年3月に上場したクーパン株を公開前から保有しており、その評価額が上場によって大きく膨らんだ結果とみられますが、クーパンの株価の上下によって運用成績が大きく左右されることになりますので、今後の対応が注目されます。(敬称略)

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。