◆ノルウェーのタイガーボーイ
今回は前回に続いてタイガー・カブ、つまり第2回で触れたジュリアン・ロバートソン率いるタイガー・マネジメント出身であり、ノルウェーでは「タイガーボーイ」の異名を取るバイキング・グローバル・インベスターズのハルボーセンを取り上げます。LCHインベストメンツによるヘッジファンド収益ランキングにおいて、バイキングは2019年に6位、2020年に4位にランクインするなど、常にトップクラスというわけではありませんが、それなりに高いランキングに位置することが多い会社です。
![2018~2021年利益トップ15のヘッジファンド(単位は10億ドル) 2018~2021年利益トップ15のヘッジファンド(単位は10億ドル)](https://s3.fu.minkabu.jp/pictures/1737/original_c1.png)
出所:各種報道(再掲)
しかし、2021年は巨額の損失に見舞われたようです。マーベリック率いるリー・エインズリーを取り上げた第29回でも触れましたが、2022年5月の報道ではタイガー・カブが2021年に大化けした成長株を大量に保有しており、それらが2021年の10-12月期前後から急落に見舞われたことで多額の損失を計上したとのこと。
2021年末現在、470億ドル以上の運用資産(そのうち上場企業投資が約3分の2、未上場企業投資が約3分の1)を誇ったバイキングも、運用成績はマイナス4.5%と過去最悪になったとされます。同社の投資家向けレポートによると、成績悪化の背景は「新型コロナの長引く影響を過小評価していたため」とのことでした。ただ、2022年に入ってもこれら成長株の下落は続いており、厳しい状況からまだ抜け出せずにいるとみられます。
![2022年にバイキングが保有比率を削減した米成長株 2022年にバイキングが保有比率を削減した米成長株](https://s3.fu.minkabu.jp/pictures/1738/original_c2.png)
※日足、いずれもNY市場の価格 単位ドル
![2022年にバイキングが保有、もしくは買い増した米成長株 2022年にバイキングが保有、もしくは買い増した米成長株](https://s3.fu.minkabu.jp/pictures/1739/original_c3.png)
※日足、いずれもNY市場の価格 単位ドル。リビアン・オートモーティブは2021年11月に新規上場
バイキングの共同創設者であるオーレ・アンドレアス・ハルボーセンは、1961年にノルウェーで生まれました。ノルウェー王立海軍兵学校を卒業し、ノルウェー海軍のエリート特殊部隊で司令官を務めたという経歴の持ち主です。また、1986年に米マサチューセッツ州のウィリアム大学で経済学の学位を取得し、1990年にはカリフォルニア州のスタンフォード大学経営大学院でMBAを取得しました。卒業後は米名門投資銀行であるモルガン・スタンレー<MS>の投資銀行部門で働きます。
その後、ハルボーセンは1992年にタイガー・マネジメントへ移籍しました。第2回でタイガーは漫画『タイガーマスク』に登場する悪役レスラー養成機関の「虎の穴」に似ていると紹介しましたが、それは創設者のロバートソンが軍隊で働いた経験から、部下の精神力を養成することや一体感を醸成させるため、そうした社内文化を形成したものと考えられます。
▼タイガー・マネジメントのジュリアン・ロバートソン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【2】
https://fu.minkabu.jp/column/945
▼タイガー・マネジメントのジュリアン・ロバートソン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【2】
https://fu.minkabu.jp/column/955
それゆえに、ノルウェー海軍のエリート特殊部隊で司令官を務めたハルボーセンには水が合っていたのかもしれません。また、同じ軍隊出身ということでロバートソンからは目を掛けてもらったのではないでしょうか。もちろん、それだけでなく運用成績も抜群だったのでしょう。彼はすぐに株式投資のディレクターへ昇進しました。ただ、ロバートソンは1990年代後半のITバブルを信用していなかったことなどから運用成績が振るわず、ハルボーセンは次第にロバートソンの経営に不満を抱くようになります。
◆バイキングの設立と試練
そして、1999年に独立を決意。5.2億ドルを集めて、タイガーと同様に株式のロング・ショートを主要戦略とするヘッジファンド、バイキングを設立しました。説明するまでもありませんが、バイキングは古ノルド語(古北欧語)で「フィヨルドから来た者」を意味する言葉であり、スカンジナビアからバルト海沿岸地域で活動した「海賊」を指しています。
バイキング設立の際に、優秀ながら報酬に不満を持っていたブライアン・T・オルソンとデビッド・クリストファー・オットという二人のアナリストをタイガーから引き抜きました。この3人がバイキングの共同創業者ということになりますが、運営資金の大部分はハルボーセンが拠出しましたので、最終利益の分配はハルボーセンが55%、オルソンとオットはそれぞれ22.5%としました。
またセクター区分では、ハルボーセンが金融とサービス、オルソンが電気通信、メディア、テクノロジー、オットが消費などを担当し、ハルボーセンが最高投資責任者(CIO)として総括することになりました。ところが、ここでもITバブルが災いします。全体の運用成績は良かったのですが、IT関連セクター担当で利益貢献度が高かったオルソンは報酬に不満を募らせます。
2001年には辞任をちらつかせながら利益配分の仕切り直しを申し出ましたが、ハルボーセンによって拒否されます。その後も確執は続きましたが、ITバブル崩壊以降、オルソンの成績が極端に落ちたことなどもあり、2005年に半年間の長期休暇を経てオルソンは解雇となりました。すぐにオルソンはバイキングなどを相手取って訴訟を起こしますが、思うような結果にはならなかったようです。
バイキングでは、こうした主要幹部が会社を去る事態は2016年にも起きています。オルソンがバイキングを去った後、共同創業者であるオットがCIOを務めていましたが、2010年からは同社に15年間勤務していたダニエル・サンドハイムがその役割を担います。しかし、そのサンドハイムもオルソンと同様、報酬に不満を持つようになりました。そしてバイキング全体の収益がマイナスに落ち込んだ2016年に同社を去り、D1キャピタル・パートナーズを設立しました。