元コットン・カウボーイのポール・チューダー・ジョーンズ(後編)―デリバティブを奏でる男たち【48】―

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◆リバウンドも制す


 今回は、チューダー・インベストメント・コーポレーションを率いるポール・チューダー・ジョーンズ二世(通称ポール・チューダー・ジョーンズ、PTJ)を取り上げています。1986年半ば頃からチューダー・インベストメントでは、ポートフォリオ・インシュアランスが主な原因となって1988年の春ごろに米国株が暴落に見舞われることを予見していました。こうした推測は同社リサーチ担当役員のピーター・ボリッシュが開発した1929年のアナログチャートモデルによるもので、1920年代と1980年代の米国株チャートがよく似ていることから、このモデルが生まれたといわれています。

 そしてジョーンズは、暴落の際に市場がどのような展開をみせるかについて台本を描き、台本が現実になる瞬間をとらえるべく、少ない金額で練習しながらシミュレーションを繰り返していたようです。1987年のある金曜日に過去最大の商いを伴って株価が下落するさまをみたジョーンズは、暴落が始まったのではないかと感じ取り、S&P500の先物を可能な限り空売りしました。

 その週末にジョーンズは、他のヘッジファンドの仲間と一緒にバージニア州へハンティングに出掛けています。帰りは自家用機が混んでいたので、ジョーンズは席を譲り、バージニア州に残るつもりでした。しかし、仲間から大きなポジションがあるなら戻った方が良いと促され、後にブラックマンデーといわれる事態に立ち会うことができました。

 週明けのニューヨーク・ダウ工業株は1日で22.6%も値下がりする大暴落に見舞われ、市場はパニック状態に陥ります。この事態を収拾するために、米連邦準備制度理事会(FRB)は市中へ資金を注入し、金利を下げて人々の気持ちを鎮めるだろう、そうすれば債券は暴騰する、とジョーンズは考えました。そこで暴落の当日の引けでS&P500の先物を買い戻し、過去最大の債券買いポジションを組みます。

 こうした推測は見事に的中し、チューダー・インベストメントはこの年、手数料を差し引いた後で125.9%もの運用パフォーマンスをあげ、推定で1億ドルを稼いだようです。この急落でタイガー・マネジメント、クォンタム・ファンド、スタインハルト・パートナーズLPといった1990年代におけるヘッジファンド業界の「ビッグ3」は大損を被りましたが、チューダー・インベストメントをはじめ、キャクストン・アソシエイツやムーア・キャピタルといった「ジュニア3」は良好なパフォーマンスでした。
 

◆日本のバブル崩壊


 チューダー・インベストメントは日本のバブル相場にも参戦します。当時の東京株式市場は大賑わいでした。例えば1987年2月に上場したNTT <9432> [東証P]は、売り出し価格119.7万円に対して初値は160万円。このときのPERは250倍だったといわれています。そして、上場の2カ月後には318万円にまで高騰。その当時で世界一の時価総額企業となりました。もちろん、10月のブラックマンデーでは日本株も急落に見舞われますが、すぐに回復して、東京株式市場のバブルは1989年末まで続きます。こうした相場においてチューダー・インベストメントは、東証株価指数(TOPIX)先物や日経平均先物を1988年9月の取引開始から積極的に売買していました。

日経平均株価 月足(1987年1月~1991年2月)
日経平均月足

 しかし、日本株はいずれ暴落する、とジョーンズはみていました。もちろんバリュエーションが高かったことも背景にありますが、当時の日本の投資家が運用者に対して年間8%以上のパフォーマンスを求めていたことも災いし、そのパフォーマンスが株式で実現できなければ、運用資金は株式市場から債券市場に流れ込むと踏んでいたようです。1990年1月の初めに日経平均株価が数日で4%も下落したとき、ジョーンズは描いていた台本が現実のものになると感じました。そして、数カ月前から取引が始まったばかりの日本の株価指数オプション市場でプットを買って大きな利益を得ます。更には下落途中のリバウンドでも利益を上げ、夏以降の再下落相場でもショート・ポジションを取り、この年は87.4%の運用成績を稼ぎ出しました。
 

◆その後


 その後のチューダー・インベストメントは、従来のグローバルマクロ以外に、ファンダメンタル・エクイティ、新興市場、ベンチャーキャピタル、コモディティ、イベントドリブン、テクニカル・トレーディングシステムなど、幅広く多様な投資手法を取り入れています。そして、2008年のリーマン・ショックにおいても、市場が混乱に陥るリスクについて明確に予測し、6月の段階で社員向けに警告メールを出していました。にもかかわらず、チューダー・インベストメントは巨額の損失を免れず、ファンドの解約を一時停止するゲート条項を発動する事態に陥ってしまいます。

 こうしたリスクに対して十分なポジションを組んでいたのですが、その一方でチューダー・インベストメントは、幅広く多様な投資手法の一環として導入していた新興国の企業向け融資(クレジット)も多く抱えていました。リーマン・ショックを要因とするクレジット・クランチ(信用収縮)により、これらの評価が著しく低下してしまいますが、流動性が乏しく全く抜け出すことができなかったといいます。

ビットコイン/ドル(2020年6月13日~)
ビットコイン日足

 最近のジョーンズは、インフレ・トレードの一環として、暗号資産にも注目していました。ビットコインを1970年代に急騰した金に等しいと考えたようです。そして2021年には、高インフレの持続を懸念して、「インフレは一時的」とする米連邦準備制度理事会(FRB)の姿勢を批判したほか、米金融政策を巡って「投資家は大きなシフトが起きることに備えるべきだ。多様な資産価格に大きな結果をもたらすことになる」と警告しています。

 2022年にジョーンズは、多くの金融資産の価格がかなり高い水準にあるとして、金融政策が正常化する局面では商品相場が他の金融資産に比べて大きく上昇すると予想。一方で、「2020年3月以降に大きく上昇したものは最も大きく下げるだろう」との見通しを示しました。そして「FRBが物価上昇を軽視し続けるなら、インフレ・トレードに全力を尽くす」とも語っています。ジョーンズは急落後も暗号資産を保有し続けており、「現在いる場所よりもはるかに高い価値になる」とみているようです。(敬称略)
 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。