デリバティブを奏でる男たち【63】 マルチマネージャー・プラットフォームのショーンフェルド(後編)

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◆魅力的な選択肢


 今回はスティーブン・ショーンフェルドによって創設されたマルチマネージャー・プラットフォームのショーンフェルド・ストラテジック・アドバイザーズを紹介しています。ショーンフェルドはトレーディングで得た44万ドルの運用に専念するため、それまで勤めていた証券会社を辞め、1988年に従業員6人でデイトレーダーに自己勘定取引を行わせるビジネスを構築しました。2006年にはプラットフォームの軸足を裁量トレードからクオンツ・トレードに移した後、2007年のクオンツ・ショックや2008年のリーマン・ショックに見舞われます。

 クオンツとは、企業業績や財務などのミクロ・データや経済指標などのマクロ・データ、あるいは株価や金利、為替などの値動きといったマーケット・データを数学的な手法で解析し、バリュエーション評価や市場価格の変動予測などに利用する手法、もしくはそのような方法を用いる業界関係者や関連部署を指します。クオンツ・ショックとは、こうした手法を用いたトレードが全く効かず、むしろ損失が急拡大した事態を指します。詳しくは第23回の後編で取り上げていますので、ご参照ください。

▼第2世代のクオンツ・ファンド、ツーシグマ(後編)―デリバティブを奏でる男たち【23】
https://fu.minkabu.jp/column/1369

 クオンツ・ショックやリーマン・ショックが起きた際に、多くのクオンツ・トレーダーが巨額の損失に見舞われ、その職を追われることになりました。しかし、ショーンフェルドはこうした事態は長続きしないと考え、積極的に採用活動を行います。マルチマネージャー・プラットフォームのショーンフェルド・ストラテジックは、このようなクオンツに限らず、様々な投資戦略を用いる多くのヘッジファンド・マネージャーやトレーダーらに対して、運用資金の提供はもちろんのこと、税務や法務、あるいは決済やシステム・インフラ、人材獲得に至るまで、運用以外のバックオフィスやミドルオフィスといった周辺業務を代行しました。

 クオンツ・トレーダーにしてみれば、マルチマネージャー・プラットフォームを利用することによって自らの稼ぎの20~30%が得られます。これは同業他社に転職するよりも高い報酬になります。また、昨今は自らファンドを立ち上げる際の規制が多く、非常に高い実績がないことには運用資金の調達もままなりません。それよりハードルが低いマルチマネージャー・プラットフォームという選択肢は、彼らにとって非常に魅力的でした。そして、その魅力は現在も健在のようです。

 

 

◆大物マクロ・マネージャーが合流


 ショーンフェルド・ストラテジックは2016年に、ヘッジファンドとして米証券取引監視委員会(SEC)に登録。2022年には50億ドルを投入して、マクロ・トレーディング部門を新設しました。第8回で取り上げたシタデルのマクロ戦略責任者であったコリン・ランカスターとマタドール・インベストメント・マネジメントの創設者ミテシュ・パリクをリーダーとし、同業他社のトレーダー経験者を集めます。そして2023年、ここに第28回で取り上げたブレバン・ハワードの元パートナー、ベン・メルクマンが加わりました。

▼ブレバン・ハワード(前編)―デリバティブを奏でる男たち【28】
https://fu.minkabu.jp/column/1449

▼ブレバン・ハワード(後編)―デリバティブを奏でる男たち【28】
https://fu.minkabu.jp/column/1455

 メルクマンは2016年にブレバン・ハワードから独立。ライト・スカイ・マクロを創設して、フィリップ・ラフォンのコーチュ・マネジメントやルイス・ベーコンのムーア・キャピタル、第15回で取り上げたサードポイント、第7回で取り上げたポイント72アセットなどの資金を運用していました。その自ら創設したファンドを畳んでショーンフェルド・ストラテジックに加わった理由は、やはりマルチマネージャー・プラットフォームの魅力だったようです。

 一方でマルチマネージャー・プラットフォームにしてみれば、高い運用成績を叩き出すトレーダーは非常に貴重ですが、場合によって酷い運用成績となることもあり得ます。そのため、インフラ整備だけでなく、リスク管理にも多額の投資を行い、多くのリスク管理チームを抱えています。ショーンフェルド・ストラテジックの場合、リスク管理チームがドローダウン(最大累積利益からの下落率)の制限や投資ガイドラインを設けたほか、運用資産全体のボラティリティ(予想変動率)を低減させる独自のリスクファクターやオーバーレイ戦略を開発したそうです。オーバーレイ戦略とは、株や債券といった現物取引のヘッジを先物やオプションなどのデリバティブ取引で行う際、それぞれのチームが独自にヘッジするのでなく、各現物取引のポジションをまとめて別のデリバティブ専門チームがヘッジする手法をいいます。

 

 

 

 

◆同社の構成と今後の行方


 このようなショーンフェルド・ストラテジックは現在、創設者のショーンフェルドを筆頭に、最高経営責任者(CEO)兼最高投資責任者(CIO)であるライアン・トールキンや代表取締役社長兼最高執行責任者(COO)のアンドリュー・フィッシュマンなどがマネジメントを管理しています。2013 年に入社したトールキンは、ゴールドマン・サックス・グループの元コーポレート・クレジット・トレーディング・チームの一員でした。一方、ショーンフェルドの大学同期で彼の親友であるフィッシュマンは、米バージニア州の名門法律事務所であるハントン・アンド・ウィリアムズのニューヨーク事務所で弁護士として勤務した後、UBSグループ、シティバンク、ソロモン・ブラザーズを経て2000 年に入社しました。

 また、同社の戦略部門は、主に短期から中期の完全に自動化されたグローバル取引に集中するクオンツ、ボトムアップ・アプローチによるロング・ショート戦略を専門とするファンダメンタル・エクイティ、イベント・ドリブンやインデックス・リバランス、合併裁定取引などを行う戦略的トレーディング、そしてイールドカーブ・トレードや通貨間スプレッド・トレード、株と債券のロング・ショートなどを行う新設のマクロ・トレーディングといった4部門で構成されています。

 マルチマネージャー・プラットフォームといったタイプのファンドは、投資家に対する手数料体系が一般的なヘッジファンドとは異なり、信託報酬2%・成功報酬20%ではありません。信託報酬は3~10%程度の範囲で上下し、成功報酬も2~3割と非常に割高です。このような手数料体系が維持できる理由は、それに裏打ちされた高い運用成績があるからなのですが、その運用成績を維持するため、優秀なトレーダーを高い報酬で雇い、リスク管理体制を含めたインフラ整備に莫大な投資をしており、その費用を信託報酬に反映させているのです。

 どのくらいの投資が必要なのかは、その時々によって異なるために信託報酬が上下するのですが、最近になって困った問題が生じてきました。それはインフレによる高金利のためリスクフリーレートが高まり、リスクを取る際に求められる運用成績も高くなってきたことです。その期待に応えられなければ、割高な手数料体系が維持できなくなるため、ますます高いコストを必要とするといった悪循環になってきました。同社を含めたマルチマネージャー・プラットフォームには、難しい舵取りが求められているようです。(敬称略)

 

 

 

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。