今回は第32回で取り上げたマルチストラテジー・ファンド運営会社スカルプター・キャピタル・マネジメント(旧オクジフ・キャピタル・マネジメント)を買収することに合意したリズム・キャピタルを取り上げます。
スカルプターは、後に米財務長官となったロバート・ルービンが率いる米名門投資銀行ゴールドマン・サックス・グループのリスクアービトラージ(上場企業間のM&Aに伴う裁定取引)部門で金融キャリアをスタートさせたダニエル・オクが、出版王ともいわれたジフ・デイビス社のウィリアム・バーナード・ジフ・ジュニアの息子たちと立ち上げたオクジフ・キャピタル・マネジメントがベースになっています。
同社は控えめで手堅い運用スタイルのため、機関投資家からの評判は良かったのですが、2007年の上場以降、様々なトラブルに見舞われました。2019年にオクが辞任した際、社名を現在のスカルプターに変更しています。詳細については以下を参考にしてください。ちなみに、ここでいう名門投資銀行とは、金融の世界においてグローバルに強い存在感を示すバルジ・ブラケット(業績をベースにした投資銀行ランキングの上位を占める世界的規模の金融機関)にリストアップされている投資銀行を指します。
▼オクジフ改めスカルプター・キャピタル(前編)―デリバティブを奏でる男たち【32】
https://fu.minkabu.jp/column/1524
◆ニーレンバーグの人物像
スカルプターの株価は、紆余曲折を経て上場時から90%以上も下落する事態となり、遂には2023年に身売りすることとなりました。その買収先として一躍有名になったリズム・キャピタルですが、これまでは知る人は少ない会社でした。
同社の最高経営責任者(CEO)、かつ代表取締役会長兼社長であるマイケル・B・ニーレンバーグは、米国屈指の難関大学であるアマースト大学で、住宅ローン担保証券を研究し、博士号を取得した人物です。卒業後に米名門投資銀行だったリーマン・ブラザーズ(2008年に経営破綻)の管理職として金融キャリアをスタートさせました。そこで彼は変動金利住宅ローンの開発に取り組みます。その後、米大手投資銀行だったベアー・スターンズに移籍。金利および外国為替取引業務の責任者、仕組み商品を組成するストラクチャー業務の共同責任者、住宅ローン担保証券取引業務の共同責任者など、さまざまな上級管理職を歴任。2006年から2008年までは、同社取締役会のメンバーも務めました。
ところが、2007年にニーレンバーグが共同責任者だった住宅ローン担保証券取引業務に大きな問題が起きます。それはサブプライム住宅ローン証券化商品を運用する同社の二つのレバレッジ・ファンドが破綻してしまったことでした。これをきっかけに同社の信用は大きく棄損し、2008年には米連邦準備制度理事会(FRB)の救済対象となった挙句、2ドルで米名門投資銀行のJPモルガン・チェースに身売りする事態となりました。
▼2007年 サブプライム問題(後編)―デリバティブ投資手法の進化―破壊と創造の歴史【8】
https://fu.minkabu.jp/column/733
JPモルガン・チェースにおいて彼は、グローバル証券化商品の責任者および経営委員会のメンバーを務めることになりましたが、間もなく米名門投資銀行だったメリルリンチを救済合併したばかりの世界金融大手バンク・オブ・アメリカ・メリルリンチ(2019年にメリルリンチの名前は外され、現在はバンク・オブ・アメリカ)に移籍します。そこでマネージング・ディレクター兼グローバル・モーゲージおよび証券化商品責任者を務め、同部門の全ての販売および取引活動を担当しました。
バンク・オブ・アメリカに転籍してから5年後の2013年、ニーレンバーグは不動産関連の投資・金融業務を行う米REIT(上場不動産投資法人)であるニュー・レジデンシャル・インベストメントのCEOに就任します。この年に同社は米REITだったニューキャッスル・インベストメントからスピンオフ(分離)されました。その後、ニューキャッスルは、2016年に社名をドライブ・ショックに変更。事業形態もREITから一般法人に変更しました。
◆買収に次ぐ買収
ニュー・レジデンシャルは、主にMSR(Mortgage Servicing Rights、モーゲージ・サービシング権利)などの住宅ローンに関連する業務を行っていましたが、ニーレンバーグは多くの名門投資銀行を渡り歩いた経験から、単一の資産クラスへの過剰な投資事業に専念するのではなく、事業ポートフォリオを分散させることで、景気サイクルの変化や急変によって大きな影響を受けることなく、企業が安定的に成長することを目指しました。
MSRとは、住宅ローンの債権者に代わって行う毎月の返済金回収や債務者・抵当物件の管理などといった有料サービス業務を指します。証券化ビジネスが進化している米国において、住宅ローン債権は証券化されて転売されますが、MRSは住宅ローンの貸付を実施した金融機関に残ります。しかし、そうした業務さえも転売される対象になっており、ニュー・レジデンシャルのような業者が買い取ってビジネスにしています。債権者から未回収分の債権を買い取って直接債務者への取り立てを行う日本のサービサー(債権回収業者)とは異なり、日本には存在しないビジネスといえるでしょう。2008年のリーマン・ショック以降は、返済金回収や物件管理といった業務が難しくなったことや金融機関のMSR保有が制限されたこともあり、MSRの価格が大きく値下がりしたため、ニュー・レジデンシャルのような業者は、これを安く買い取って高い収益を得るビジネスを展開しました。
事業ポートフォリオの分散を図るべく、ニュー・レジデンシャルはスピンオフされた年に、HSBC(香港上海銀行)から40億ドル相当の消費者ローンを取得します。2015年にMSR関連業務を行うホームローン・サービス・ソリューションズ(HLSS)から1600億ドルのMSRおよび、その他の住宅ローン資産を取得。2017年に米名門投資銀行のシティグループから1000億ドルのMSRを取得。2018年には住宅ローンの組成・サービス会社シェルポイント(現在のニューレジ)を買収して住宅ローン事業に参入。2019年に不動産管理・保全プラットフォームであるガーディアン・アセット・マネジメントを買収して不動産管理事業に参入します。また、2021年に住宅ローン、借り換え、コンサルティング、軍人融資サービスなどを展開するキャリバー・ホームローンや中小企業向け融資を行うジェネシス・キャピタルを買収。2022年には商業用不動産に投融資するグリーンバーン・インベストメント・グループ(旧センラック・リッジ・パートナーズ)の株式50%を取得。2023年にはゴールドマン・サックスの個人向け融資会社マーカスから14億ドルの消費者ローンを取得するなど、次々と不動産や融資の関連業者を買収して事業を拡大します。
そして、冒頭に触れたスカルプターの買収にもこぎつけるわけですが、そこに思わぬ対抗者が現れました。(敬称略、後編につづく)