◆利益ランキングの控えめな常連
今回はオクジフ・キャピタル・マネジメントを取り上げます。同社は2019年に創設者のダニエル・オクが退社した際、社名をスカルプター・キャピタル・マネージメント<SCU>に変更しました。この会社は最近のヘッジファンド利益ランキングにおいて、2018年に11位、2019年に14位、そして2020年と2021年はともに13位でした。ランキング上位の常連というわけではありませんが、常に安定した地位を確保している「控えめな常連」といったところでしょうか。
出所:各種報道(再掲)
ユダヤ人の創設者オクは1961年に生まれました。米ニュージャージー州メープルウッドで育ち、両親が設立したデイスクール(寮制ではない私立学校)、ソロモン・シェクター・デイスクール・オブ・エセックス・アンド・ユニオン(後に彼の母親の名にちなんでゴルダ・オク・アカデミーと改名)に通いました。卒業後はペンシルベニア大学に進学し、化学を専攻していましたが、入学1年後にウォートン・スクールへ移り、金融学を専攻します。
ということは、第7回で取り上げたポイント72アセットを率いるスティーブン・A・コーエンや第10回で取り上げたオークツリー・キャピタルを率いるハワード・マークスの後輩であり、第31回で取り上げたD1キャピタルパートナーズを率いるダニエル・S・サンドハイムの先輩ということになります。
オクは大学を卒業後、金融業界でのキャリアを名門投資銀行のゴールドマン・サックス・グループ<GS>でスタートしました。そこでは後にゴールドマンの共同会長となり、米財務長官も務めたロバート・ルービンが率いるリスクアービトラージ(上場企業間のM&Aに伴う裁定取引)部門を担当します。リスクアービトラージに関しましては、第26回ファラロン・キャピタルのトム・ステイヤー(前編)のところで簡単に説明しましたので、ご参照ください。ちなみに、ステイヤーも同じ頃にゴールドマンのリスクアービトラージ部門で働いていました。
▼ファラロン・キャピタルのトム・ステイヤー(前編)―デリバティブを奏でる男たち【26】
https://fu.minkabu.jp/column/1408
◆自らのファンドを立ち上げる
オクはリスクアービトラージ部門から株式部門へ異動となった後、自己勘定取引の責任者、米国株式取引の共同責任者へと出世していきます。同社ではある程度キャリアが進むとプレイヤーからマネージャーへ昇格することになりますが、彼はプレイヤーとして投資業務を続けていたかったようです。
そこで11年間働いたゴールドマンを離れ、1994年に自らのファンドを立ち上げることにしました。ちょうど第14回で取り上げたアパルーサ・マネジメント率いるデビッド・テッパーも1992年にゴールドマンを離れ、自らのファンドを立ち上げていましたので、もしかしたらオクは、そんなテッパーや以前に同じ部門で働いていたステイヤーに感化されたのかもしれません。
▼アパルーサ・マネジメントのデビッド・テッパー(前編)―デリバティブを奏でる男たち【14】
https://fu.minkabu.jp/column/1179
ファンド立ち上げの際は、米技術メディア誌のパイオニアとして知られ、出版王ともいわれたジフ・デイビス<ZD>のウィリアム・バーナード・ジフ・ジュニア(1930-2006)の息子たちが運用するジフ・ブラザーズ・インベストメントと提携。1997年末まで他の資金運用をしないとの約束で1億ドルの初期投資を得て、オクジフ・キャピタル・マネジメントを創設しました。
◆オクジフの投資スタイル
オクジフを設立した当時の投資戦略は基本的にイベント・ドリブン型であり、ゴールドマン時代に携わっていたリスクアービトラージのほか、転換社債型新株予約権付社債(いわゆる転換社債)のアービトラージ、リストラクチャリングといった3戦略でした。転換社債アービトラージに関しましては、第8回シタデルのケン・グリフィン(前編)のところでわかりやすく説明していますので、ご参照ください。
▼シタデルのケン・グリフィン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【8】
https://fu.minkabu.jp/column/1074
3戦略のうちリストラクチャリングとは、不採算部門の分離や再構築、あるいは財務面の見直しなどといったコーポレート・アクションに投資機会を見出す戦略です。融資や出資などの資金提供を行う際、積極的に関与しながらリストラクチャリングを促すケースも多いといいます。また、1999年にはディストレス・クレジット戦略も追加しました。
ここでのクレジットとは企業に対する貸出債権を指し、それらを売買する市場においてディストレス(破綻企業)の水準まで売り込まれているような債権を、ディストレス・クレジットと呼びます。この市場は流動性の低い市場だけに、状況によっては大きくディスカウントされ、投資機会となることがあります。さらにオクジフでは後に不動産投資、株式のロングショート戦略、資本政策にかかわる特殊状況(スペシャル・シチュエーション)、未上場株投資なども行うようになりました。
これらの戦略を実施する際、同社が心掛けていることは、10%台半ばの控えめなリターンを確実に実現すること、そして損失を出さないことだそうです。そのため、株式市場に対する相関性や依存性、あるいはボラティリティなどといったリスクを極力低く抑え、高いシャープ・レシオ(リスク1単位当たりの超過リターンを測る運用成績の評価方法)を目指すといいます。シャープ・レシオに関しては、第9回のブリッジウォーターのレイ・ダリオ(後編)で簡単に説明していますので、こちらもご参照ください。
▼ブリッジウォーターのレイ・ダリオ(後編)―デリバティブを奏でる男たち【9】
https://fu.minkabu.jp/column/1096
このようにオクジフでは「ホームランを狙わず、ヒットエンドランで確実に点を稼ぐ」が如く、無理せずに着実に利益を積み上げていく投資スタイルを貫いています。その結果、冒頭で示したように利益ランキングでは「控えめな常連」という安定した地位を築くことができているのでしょう。また、同社ではチームワークを重視し、オーナー企業にありがちなワンマンではなく、意思決定者は一人でなくても良いと考えられており、そうした企業文化も運用成績の安定感に寄与しているのではないでしょうか。
この安定感は投資家、特に年金や大学基金などのお堅い運用機関から大変歓迎されるところであり、オクジフは彼らから高い支持を得ていたといいます。しかし、ある問題を境に、そうした支持は大きく損なわれることになります。一体何があったのでしょうか。(敬称略、後編につづく)