デリバティブを奏でる男たち【81】 ヘッジファンドのパイオニア、ジョージ・ワイス(後編)

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 今回はマルチストラテジー戦略を展開しながらも、2024年3月で46年の歴史に幕を閉じたワイス・マルチストラテジー・アドバイザーズを取り上げています。46年前のヘッジファンド業界はまだまだ黎明期にあり、同社の創設者であるジョージ・アレン・ワイス(George Allen Weiss)は、ヘッジファンドのパイオニアともいわれました。ワイスは大学を卒業した後、いくつかの金融機関を転々としながら、保険会社の資金を運用するノウハウを身に付け、自らのヘッジファンド運用会社を立ち上げます。

 前編でも触れた通り、保険会社、特に生命保険会社は、その業務が社会性、公共性を有していることから、保険契約者の利益保護が強く求められます。そのため、資金運用に際しては、運用方法や一定の運用対象にかかる限度額、大口の信用供与など、さまざまな細かい規制が課せられています。こうした規制に配慮し、リスクと手数料を抑えたワイスの運用スタイルは保険会社から高い支持を集めました。

 そして、ワイスは保険各社と秘密保持契約を結び、財務データにアクセスできるようにすることで、新しいサイドビジネスのチャンスも見出していきます。例えば、生命保険会社はバランスシートの活用を最適化するため、あるいは低金利で運用が難しくなった場合、年金のバスケットを割引価格で売らざるを得なくなることがあります。財務データにアクセスできるワイスは、こうした年金バスケットを引き受けるチャンスを、同業他社よりも早く手に入れることができました。このように安定的に資金が提供され、運用も無理をせず、サイドビジネスも得るなど、ワイスの会社は安定的な収益を確保していきます。

 

◆ファミリー体質


 ワイス・マルチストラテジーは、ファンド・マネージャーらを家族のように大事にし、同社に長く在籍させるといった極めて異例なヘッジファンド運用会社になりました。ところが、こうした「ファミリー体質」が次第に仇となっていきます。最近はワイスに代わり、ジョルディ・チャールズ・ビサー社長兼CIO(最高投資責任者)が実質的に会社を運営していたようです。ビサーは米投資銀行のモルガン・スタンレー<MS>でデリバティブを担当した後、独立してアンカー・ポイント・アセット・マネジメントを創設しますが、運用に失敗して閉鎖しました。ワイス・マルチストラテジーに入社したのは2005年です。同社ではマクロ・ポートフォリオの運営に携わりましたが、ここでもパフォーマンスは非常に悪く、ワイスはそのポートフォリオを閉鎖したぐらいです。

 ワイス・マルチストラテジーの年間運用収益において、損失が出たのは創業以来3回だけでしたが、近年は他のヘッジファンドより運用成績は劣り、次第に顧客が離れて収入が減っていったようです。運用成績が良いマルチストラテジーのヘッジファンドは、ファンド・マネージャーや運用チームに対する報酬のほか、バックオフィスやリスク管理など、全てのコストを投資家に転嫁するパススルー・モデルを採用するようになりました。しかし、運用成績が良くなければ、それも難しいでしょうし、リスクや手数料を抑えた運用スタイルを売りにしてきたワイス・マルチストラテジーにとって、このようなモデルの採用は無理な話でした。パススルー・モデルについては以下でも触れていますので、ご参照ください。

▼デリバティブを奏でる男たち【70】 ジェイン・グローバルのボビー・ジェイン(後編)
https://fu.minkabu.jp/column/2191

 一方で同社はコスト管理も不得手だったらしく、高額支出の抑制が難しかったようです。「ファミリー体質」ゆえに運用成績の悪いファンド・マネージャーを切り捨てず、またワイスが会社を「個人的な貯金箱」として利用し、側近の「私腹を肥やし」ていた、との訴えもありました。例えば、ワイスが個人的な旅行に使う仏ダッソー社のビジネスジェット機「ファルコン」をワイス・マルチストラテジーが所有しており、その維持費が年間で数百万ドルに及んでいたといいます。

 こうした収支の悪化が長期化することで資金繰りに苦慮するようになったため、一時は身売りも検討したようです。これに第25回で取り上げたイスラエル・アレクサンダー・イングランダー(Israel Alexander Englander)率いるミレニアム・マネジメントが興味を示しました。ところが、運用成績の良いファンド・マネージャーが他社に移籍するとの噂を聞きつけて買収から手を引きます。

▼ミレニアムのイジー・イングランダー(前編)―デリバティブを奏でる男たち【25】―
https://fu.minkabu.jp/column/1402

 

◆チャプター11の適用申請


 2024年2月にワイスはファンド・マネージャーに「全部売れ」と驚くべき指示を出しました。運用するヘッジファンドを閉鎖し、運用資金の返却を投資家に伝えます。その2カ月後にワイス・マルチストラテジーは、米連邦破産法11条(チャプター11、日本の民事再生法に相当)の適用を申請しました。一般的にヘッジファンドの破綻は運用の失敗による巨額損失がきっかけとなりますが、ワイスの場合は、最大の債権者であるリューカディア・アセット・マネジメント・ホールディングスが要求した支払いに応じることができなかったことが引き金になったようです。

 米投資銀行ジェフリーズ・ファイナンシャル・グループ<JEF>傘下のリューカディアは、ワイス・マルチストラテジーに対して少なくとも3回は債務支払いに猶予を与えたとのことですが、それでも支払われないことから2023年12月に最後通告を行いました。そして今回のチャプター11の適用申請を受け、1億ドル以上の債務支払い(少なくとも5000万ドルの未払い手形と約5000万ドルの収益分配手数料)を求めて訴訟を起こします。その訴状の中で、ワイス・マルチストラテジーが破綻直前に従業員に支払ったとする2800万ドル余りのボーナスについても「優先的かつ詐欺的な譲渡」に相当すると訴えました。

 これについてワイス・マルチストラテジーは、標準的な報酬であると同時に、当時はミレニアム・マネジメントからの支援確保に向けて交渉中だったため、社員を引き留めるのに必要であったと主張しています。しかし、その交渉も前述の通り上手くいきませんでした。この訴訟は現時点で結論が出ていませんが、ワイスは既に80歳を越えており、残された時間は多くないと推察されます。ヘッジファンドのパイオニアとして、できれば再起を果たしてもらいたいところであり、少なくとも晩節を汚すことにならないよう祈ります。(敬称略)

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。