デリバティブを奏でる男たち【82】 スコーピオンのキル・カロン(前編)

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 今回は、昨今の東京株式市場において投資家の人気が非常に高い半導体検査装置メーカー、レーザーテック <6920> [東証P]を標的としている、アクティビスト(物言う株主)であり、ショートセラー(空売り投資家)でもあるスコーピオン・キャピタルを取り上げます。

 スコーピオンが2024年6月5日に公表したレーザーテックの不正会計を疑うレポートの冒頭には、「カチカチと秒読みをはじめた時限爆弾。場所は日本。厖大な詐欺を働いている企業がある。株式市場で売買代金首位の銘柄だ」などといった辛辣な言葉が並んでいました。このようなレポートを作成するスコーピオンの創業者とは、どのような人物なのでしょうか。
 

◆創業者の生い立ち


 スコーピオンを創業したグルキラット・カロン(Gurkirat Kahlon、通称キル・カロン)は、1970年にインドで生まれました。7歳の時に米カリフォルニア州のサンフランシスコに引っ越しています。インド人の両親は息子が医者になることを願っていました。彼は高校生のとき、スピーチやディベート(異なる立場に分かれて特定の議題を議論すること)に専念するようになり、法学にも興味を持ちます。そのため、将来は大学に進学して医者か、弁護士になると思っていたそうです。

 しかし、1992年にカリフォルニア大学バークレー校を最優秀の成績で卒業した後、彼は自分が何をしたいのか分からなくなってしまいます。医学部や法科大学院に進学することなく、報酬の高さもあって、1993年に世界3大コンサルティング会社のひとつであるベイン・アンド・カンパニー(あとの2社はマッキンゼー・アンド・カンパニーとボストン・コンサルティング・グループ)に就職します。このベインでの3年間で、カロンは貴重な洞察や調査能力、分析能力を身に付けました。

 ベインでは彼の母国であるインドでしばらく働いていたそうです。当時のインド株式市場は非常に非効率的であり、「インサイダー情報がないのに、なぜ株式投資をするのか」などと言われるほど、適正な資本市場からかけ離れた状況だったようです。このような市場には、詐欺の告発レポートが書ける企業が数多く存在していた、といいます。

 1996年にベインを退職すると、カロンはハーバード・ビジネス・スクールで経営学を学びます。1998年にMBA(Master of Business Administration、経営学修士)を取得した後は、シリコンバレーで6年間、仕事をしました。この頃はITバブルの形成と、その崩壊が起きています。彼はハイテク業界の知見を得ると同時に、同業界の危険なほど宣伝的な体質と、それが人々の思考を狂わす可能性があることを目の当たりにしたのです。
 

◆乗っ取り屋からタイガーカブへ


 2004年にはグリーンメイラーとか、乗っ取り屋とも言われた著名なアクティビスト、カール・セリアン・アイカーン(Carl Celian Icahn、通称カール・アイカーン)に師事するようになりました。グリーンメイラーとは、投資対象の企業や経営陣に保有株を高値で買い取らせる敵対的買収者のことです。米ドル紙幣(Greenback)と脅迫状(Blackmail)を組み合わせた造語とされます。アイカーンは一時、オマハの賢人と称されるバークシャー・ハサウェイ<BRK.B>のウォーレン・バフェットより稼いだといわれています。そのアイカーンのユニークな思考プロセスと複雑な状況を分析する能力を身近で目撃できたことは魅力的で貴重な体験だった、とカロンは語っています。

 しかし、彼との仕事は非常に厳しく、怒鳴られることは日常茶飯事だったそうです。そのため、長く仕事をするところではないと見切り、次の職場として第20回で取り上げたチャールズ・ペイソン・コールマン3世(通称チェイス・コールマン)率いるタイガー・グローバルに移籍しました。

 コールマンは、第2回で取り上げたジュリアン・ロバートソン(1932-2022)のヘッジファンド、タイガー・マネジメントでテクノロジー・アナリストを担当していたタイガーカブ(子トラ)です。後に創設したタイガー・グローバルは、ハイテク分野で急成長している上場企業への投資を目的とし、ロングショート戦略が中心でした。ここでカロンは同戦略の手法を身に付けます。コールマンやロバートソンに関しては以下をご参照ください。

▼タイガー・グローバルのチェイス・コールマン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【20】―
https://fu.minkabu.jp/column/1304

▼タイガー・マネジメントのジュリアン・ロバートソン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【2】
https://fu.minkabu.jp/column/945

 カロンは2009年にはオーストラリアの保険会社、ステッドファスト・グループに転籍し、そこで株式のロングショートを中心とした運用を担当します。2013年から不正会計などの詐欺や過大宣伝の特定に重点を置いて、空売りに特化した投資対象の発掘と調査活動を始めました。そして、2015年に金融アドバイザリー会社としてスコーピオン・キャピタルを創設しています。

 

◆詐欺や過大広告を疑うレポート


 2017年には米投資会社セリグマン・インベストメンツ(米投信会社コロンビア・スレッドニードル・インベストメンツを傘下に持つアメリプライズ・ファイナンシャル<AMP>のヘッジファンド部門)のセリグマン・テクノロジー・グループに入社しました。彼は主に医療技術や医療機器、バイオテクノロジー、医薬品、医療サービスなどのヘルスケア関連企業に焦点を当てて投資します。2018年から2019年にかけてセリグマンに在籍しながら、米ナスダックに上場している中国オンライン保険仲介のファンホワ<FANH>(泛華控股集団)や米医療機器メーカーのアクソジェン<AXGN>、米医薬品メーカーのアラコス<ALLK>をターゲットに詐欺や過大広告を疑うレポートを発表しました。

 セリグマンを退社した後、2021年にはニューヨーク市場に上場している米医療技術提供会社ネブロ<NVRO>をターゲットとして詐欺を疑うレポートを、スコーピオンとして初めて発表します。続いて米EV(電気自動車)向け電池メーカーのクアンタムスケープ<QS>、2020年にナスダック市場に上場したばかりの米バイオテクノロジー企業であるバークレーライト(社名をフェノメックスに変更した後、2023年に米医療機器メーカーのブルカー<BRKR>が買収)をターゲットにしました。また、同じく米バイオテクノロジー企業の中から、ニューヨーク市場に上場して1カ月も経過していないギンコ・バイオワークス・ホールディングス<DNA>に注目するなど、ヘルスケアとハイテクの業界にターゲットを絞ったレポートを矢継ぎ早に発表していきます。なお、ギンコに関しては以下でも触れていますので、ご参照ください。

▼バイキング・グローバルのハルボーセン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【30】―
https://fu.minkabu.jp/column/1495

(敬称略、後編につづく)

 

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。