タイガー・グローバルのチェイス・コールマン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【20】―

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◆ヘッジファンドの2020年収益ランキングで首位に


 今回は、前回の「マディ・ウォーターズのカーソン・ブロック」で触れたタイガー・グローバル・マネジメントのチェイス・コールマンを取り上げます。ニューヨーク証券取引所に上場している中国のオンライン教育プラットフォーム、跟誰学(GSXテクエデュ、現ガオツ・テクエデュ<GOTU>)を巡って、2020年に空売り投資家(ショートセラー)と対抗する格好で買い向かった投資家の一人でした。

 また、LCHインベストメンツによる2020年のヘッジファンド収益ランキングにおいて、タイガー・グローバルはトップにランキングされました。この年にヘッジファンド全社が稼いだ利益は1270億ドルと2019年の1780億ドルには劣りますが、タイガー・グローバルは104億ドルを稼いで全体利益の8%近くを占めています。ただ、残念ながら直近2021年の運用成績は振るわず、▲1.5%にとどまったようです。

2020年利益トップ15のヘッジファンド(単位は10億ドル)
出所:各種報道

 2021年10月現在、950億ドルを運用するタイガー・グローバルを創設したチャールズ・ペイソン・コールマン3世(通称チェイス・コールマン)は1975年に生まれ、米ニューヨーク州ロングアイランドの裕福な家庭で育ちました。ちなみに、彼の祖母はニューネーデルラント(17世紀に北アメリカの東海岸にオランダが建設した植民地)の総督だったピーター・スタイヴェサントの子孫にあたります。スタイヴェサントはインディアンや戦争相手のイギリスからニューネーデルラントを守るため、マンハッタン南部に防護壁(ウォール)を建築させました。それが世界の金融の中心地であるウォール街の名前の由来だそうです。

 コールマンは100年以上の歴史を持つ寮制の進学校ディアフィールド・アカデミーで教育を受けた後、全米最難関大学のひとつで、名門中の名門であるマサチューセッツ州のウィリアムズ・カレッジに入学します。そこでは経済学とスペイン語の学士号を取得し、1997年に同大学を卒業しています。

 大学を卒業した彼は、幼馴染だったスペンサーの父親の元で働きます。その父親が第2回で取り上げたヘッジファンド、タイガー・マネジメントの創設者であるジュリアン・ロバートソンでした。同社のテクノロジー・アナリストとして2000年まで働き、タイガー・マネジメントがファンドを閉鎖した後は、ロバートソンから2500万ドル以上の資金管理を委託されるまでにその手腕は評価されるようになります。

▼タイガー・マネジメントのジュリアン・ロバートソン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【2】
https://fu.minkabu.jp/column/945

▼タイガー・マネジメントのジュリアン・ロバートソン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【2】
https://fu.minkabu.jp/column/955
 

 

◆タイガー・グローバルの創設


 その資金を元にコールマンは2001年、タイガー・グローバルの前身となるタイガー・テクノロジーを設立しました。彼は師匠であるロバートソンの投資スタイルを踏襲し、買いだけでなく、売りも組み合わせたロング・ショート戦略を中心に据えました。タイガー・テクノロジーはハイテク分野で急成長している上場企業への投資を目的としていましたが、ITバブルが弾けた後だけに厳しいタイミングでのスタートだったと考えられます。
   また、コールマンは師匠の投資スタイルだけでなく、若い才能を見出す能力も受け継いだようです。ロバートソンがタイガーカブ(子トラ、元従業員)を育て、タイガーシード(種トラ、資金管理を委託された元従業員)に資金を投じたように、コールマンも才能あふれる若者を育てました。

 2002年に入社したスコット・シュライファーが、大手インターネットサービス企業である新浪公司(シンラン)、ポータルサイトを制作する代表的なインターネット関連企業である捜狐(ソフ・ドットコム)<SOHU>、およびオンラインサービスを提供するテクノロジー会社の網易(ネットイース)<NTES>といった中国のネット関連企業に投資して大きな利益を稼ぎます。

 シュライファーはペンシルベニア大学ウォートンスクールの出身ですから、第7回で取り上げたポイント72アセットのスティーブン・A・コーエンや、第10回で取り上げたオークツリー・キャピタルのハワード・マークスといったヘッジファンド・マネージャーの後輩ということになります。また、シュライファーは大学卒業後、第12回で取り上げたブラックロックのラリー・フィンクが古巣としていたブラックストーンのアナリストとして3年間働いていました。

 2003年に入社したフェローズ・デワンは、電気通信業界のロング・ショート戦略を担当していましたが、すぐに海外企業に注目するようになり、エジプトの通信会社、オラスコム・テレコム(現在はオランダの通信会社ヴィオン<VEON>の子会社)へ投資。25倍のリターンを得ます。

 デワンもシュライファーと同様に、ペンシルベニア大学ウォートンスクールの出身。大学卒業後は戦略的な大手経営コンサルタントのマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社します。そして、2002年からシリコンバレーのハイテク投資で定評のあるベンチャーキャピタル投資ファンド、シルバーレイク・パートナーズで投資を1年間学んでいました。

 これらの成功を受けてタイガー・テクノロジーは社名をタイガー・グローバルに変更。2004年にはプライベート・エクイティ(未公開株)投資へ進出します。中国第2位のEC(電子商取引)サイト京東商城(JDドットコム)<JD>、中国の配車サービス最大手である滴滴出行(ディディ・グローバル)<DIDI>、中国の生活関連サービス大手の美団(メイトゥアン)など、中国のユニコーン企業に株式公開前から投資して大成功を収めます。

 また、2006年に入社したリー・フィクセルも、タイガー・グローバルのプライベート・エクイティ投資に大きく貢献しました。彼はワシントン大学で経営学、財務学、会計学の学士号を取得した後、アルケオン・キャピタル・マネジメントで投資キャリアをスタートさせます。

 タイガー・グローバルへの移籍後は、米国最大のユニコーン企業である決済大手のストライプ、アメリカのエクササイズ機器およびメディア会社のペロトン・インタラクティブ<PTON>、クラウドベースの顧客管理システムなどを手掛けるフレッシュワークス<FRSH>、音楽ストリーミングサービスのスポティファイ・テクノロジー<SPOT>など、名だたるユニコーン企業に投資しました。

 さらに、フィクセルはインドのネット通販大手フリップカート(2018年に米小売り大手ウォルマート<WMT>が買収)にも投資したほか、シュライファーとともにフェイスブック(現在のメタ・プラットフォームズ<FB>)やビジネス特化型SNSのリンクトイン(2016年にマイクロソフト<MSFT>が買収)などにも上場前に投資し、タイガー・グローバルの収益を大きく膨らませます。

 ただ、フィクセルは2019年に独立。2020年にベンチャーキャピタル会社アディションを立ち上げて活躍しています。また、デワンも2015年に独立。2016年にベンチャーキャピタル会社アリーナ・ホールディングスを立ち上げ、日本でもクラウド人事労務ソフトを手掛けるスマートHRといった未上場企業などに投資しています。

 こうした優秀な部下のお陰で、タイガー・グローバルのプライベート・エクイティ投資は投資額全体の約半分を占めるくらいまで拡張していきました。この部門は現在、シュライファーが総責任者になっています。その過程でタイガー・グローバルはベンチャー・キャピタル業界に破壊的なイノベーション(技術革新)を起こしました。いったい何を行ったのでしょうか。(敬称略、後編につづく

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。