今回は2024年8月の相場急変時に数億ドルを稼いだと報じられたカーコスワルド・キャピタル・パートナーズの創設者、グレゴリー・ジョン・コフィー(Gregory John Coffey、通称グレッグ・コフィー)を取り上げています。
彼は2003年からGLGパートナーズ(2010年に英マン・グループが買収し、現在はマンGLG)のマネージング・ディレクター兼ポートフォリオ・マネージャーとして、新興国市場とマクロ・ビジネスを管理し、70億ドルを運用していました。2006年には運用資産を60%、2007年には51%増加させるといった驚異的な成果を上げた彼は「オズの魔法使い(The Wonderful Wizard of Oz)」と呼ばれます。
しかし、その魔法が使えなくなってしまう事態が起きました。コフィーの運用成績が大きく悪化してマイナスになってしまい、成績の悪さを嫌気した顧客の解約もあって運用資産が極端に減少してしまいます。原因のひとつがサブプライム住宅ローン問題だったと考えられます。この問題の詳細につきましては、以下をご参照下さい。
▼2007年 サブプライム問題(前編)―デリバティブ投資手法の進化―破壊と創造の歴史【8】
https://fu.minkabu.jp/column/724
コフィーが得意とする新興市場は、一般的に流動性が小さいマーケットです。それがために非効率的な安い価格で買えることはありますが、どうしても売るとなると、非効率的な安い価格で売ることになります。リスク回避の地合いとなれば、この傾向は一段と強まります。そのような時に売らず、マーケットが落ち着いてから売れば良いのでしょうが、顧客からの解約となれば「待ったなし」ですし、解約停止にすればますますリスク回避の地合いに拍車が掛かります。こうした状況が運用成績の悪化につながったものと推察されます。
◆運命的な出会いと別れ
こうした非常に悩ましいときに、コフィーは英ロンドン市内の高級住宅街であるカーゾン・ストリートの駐車場で偶然、ルイス・ムーア・ベーコン(Louis Moore Bacon)と出会います。ムーア・キャピタル・マネジメントを創設したベーコンは、第47回で取り上げたキャクストン・アソシエイツを率いるブルース・スタンリー・コフナー(Bruce Stanley Kovner)、第48回で取り上げたチューダー・インベストメント・コーポレーションのポール・チューダー・ジョーンズ二世(Paul Tudor Jones II)とともに、1990年代を代表するヘッジファンドの「ジュニア3」と呼ばれていました。
▼老舗マクロ系ファンド、キャクストン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【47】―
https://fu.minkabu.jp/column/1817
▼元コットン・カウボーイのポール・チューダー・ジョーンズ(前編)―デリバティブを奏でる男たち【48】
https://fu.minkabu.jp/column/1836
ベーコンはコフィーに「何をしているんだい?」と問いかけ、「一緒にやらないか」と誘います。これに運命を感じたのか、コフィーは2008年にGLGパートナーズから提示されていた1.55億ポンド (約2.5億ドル)相当のボーナスとストックオプションを手放して退職し、同社から12人のチームを引き連れてムーア・キャピタルに移籍しました。コフィーはムーア・キャピタル・マネジメントの子会社であるムーア・ヨーロッパ・キャピタル・マネジメントで、当時ムーアが運用していた資産240億ドルの4分の1以上を監督します。ちなみに、コフィーはムーアにおいて初めての共同最高投資責任者(CIO)に就いています。
しかし、GLG時代に記録した驚異的な運用成績を再現することはできませんでした。2009年の投資収益率は20%でしたが、2010年には5%とベンチマークを下回り、2011年にはマイナスに落ち込みました。結局、2012年にコフィーは、家族との時間を大事にしたいと引退を決意し、ムーアを辞めることにします。その後は英スコットランドの南西部に位置するジェラ島のアードフィンという荒涼とした地域に、約1.2万エーカー(およそ50平方キロメートル)という広大な土地を買い、超高級ゴルフ・リゾート施設を建設しました。
◆魔法使いの復帰
ところが2018年になって、コフィーはヘッジファンド業界に復帰します。今度は自身のファンド、カーコスワルド・キャピタル・パートナーズを立ち上げました。運用成績の悪化で引退し、5年以上のブランクがあったにもかかわらず、ファンドの立ち上げに際して運用資産が35億ドルも集まり、20億ドルに制限したようです。そこにはベーコンも資金を提供しており、運用成績の良さからベーコンの提供資金はすぐに倍増されたそうです。ちなみにカーコスワルドという社名は、コフィーが2005年に購入したオーストラリアの不動産に由来しています。そこはシドニー北東部の郊外に位置する高級住宅街モスマンのカーコスワルド大通りに面していました。
新興国に投資するカーコスワルドは2023年こそ高い投資収益率を上げることはできませんでしたが、それ以前は二桁の高い運用パフォーマンスを叩き出しています。再び魔法を使えるようになった背景には、投資スタンスを大きく変えたことが挙げられます。彼は若い頃、債券のポジションを3分間保持する方法が分からなかったと述べており、「ジュニア3」の一人であるポール・チューダー・ジョーンズが3年間も債券のポジションを保持していたことを知って驚いたそうです。
つまり、コフィーは頻繁に売買を繰り返す「スカルパー」でした。頭皮のことを英語でスカルプといい、「スカルパー」とは本来、頭の皮を剥ぐ人という意味ですが、そこから転じて頭の皮のように薄いわずかな利益を大量に積み上げる投資スタイルのことを指します。しかし、こうしたスタンスでは力の限り素早い売買を繰り返しても、プログラム売買の台頭がもたらしたスピード勝負では勝てませんでした。
そこで発想を転換し、お金を稼ぐことよりもリスク管理に重点を置くようにし、年に3〜4つのポジションを持つことで稼ぐというスタイルに変えました。これが奏功しているようです。最近ではプライベート・クレジット(非上場の債権)への投資や新興市場の債券運用を得意とする投資会社エムソの買収を検討するなど、投資対象の幅を広げているらしく、復帰後のますますの活躍が期待できそうです。(敬称略)