2018年 VIXインバース(前編)―デリバティブ投資手法の進化―破壊と創造の歴史【10】

著者:MINKABU PRESS
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◆突然の暴落


 第10回は2018年に起きたVIXインバースの早期償還について取り上げます。この銘柄は正式名称を「NEXT NOTES S&P500 VIX インバースETN」といい、東京証券取引所に上場していたETN(Exchange Traded Note、上場投資証券)です。

 ETNは特定の指標に連動するように作られた金融商品という意味ではETF (Exchange Traded Fund、上場投資信託)と極めて似た性質を持っています。しかし、ETFは裏付けとなる資産を保有しているため、組成会社が万が一に倒産したとしても投資した資産は守られるFund(投資信託)である一方、ETNは金融機関が発行したNote(債券)に過ぎず、裏付けとなる資産は保有していません。

 つまり、発行体である金融機関が指数の連動性を保証しているのがETNですので、発行体の信用リスクが価格に影響するといった問題が考えられます。しかし、保有資産の売買が伴うETFと異なりトラッキング・エラーが生じにくいほか、裏付け資産を保有するETFでは連動させにくい指標でも扱うことができるといった利点があります。

 こうしたETNの一つであるVIXインバースが2018年2月に突然暴落に見舞われます。5日に1口2万9400円だった価格が翌日は値付かずで、翌々日には1144円まで急落したのです。15年3月16日に9760円の初値を付けた後、一時は高値から半値に落ち込むなど紆余曲折を経ながらも、18年1月11日には4万150円の高値を付けるまで値上がりしました。そこからわずか1カ月も経たないうちに97%も下落するとは、一体何が起こったのでしょうか。

日経平均株価とVIXインバース(円)

出所:Refinitiv
 

◆早期償還条項に抵触


 本来であれば、幾ら売り物が多いにしてもストップ安売り気配となり、何日か値が付かない状態になるところです。しかし、そうならなかったのは2月6日の寄り前に、VIXインバースが早期償還されることになった、と発表されたからでした。このETNの償還日は当初、2035年2月6日と運用期間は20年間が予定されていました。それがわずか約3年で償還されることになったのは、早期償還条項に抵触したことによるものでした。

 この早期償還条項とは、東証の上場資料によると「当ETNは、当初評価日(2015年3月12日)から満期償還日(2035年2月6日)の10営業日前までの期間において、対象指標の値がその前日における対象指標の値の20%以下となった場合(中略)、自動的に早期償還されますので、留意が必要です」とあります。つまり、対象指標の値が前日比で8割以上も値下がりすると、この条項が発動されて早期償還に至るのです。そして、これが現実となってしまったのです。

 2020年4月にニューヨーク市場に上場するWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)の先物価格が史上初のマイナスになったことは周知の通りです。ですから価格が一晩で8割以上も暴落することは、あり得ないことではありませんが、今でもほとんど起こりえないことと言えるでしょう。それでは一晩で8割以上も暴落したVIXインバースの対象指標とは何でしょうか。前出の上場資料によると、対象指標は「円換算したS&P500 VIX短期先物インバース日次指数」と記されています。

 どんな投資家でも自分の大事なお金を何に投資しているのかを知り、それによってどれたけのリスクを取って、どれだけの期間に、どれだけのリターンを得ようとしているのか、を算段しているはずです。そうでなければ投資家とは言えません。しかし、なかには何となくしか分かっていないケースも散見されるようです。

 特に、このVIXインバースの対象指標である「円換算したS&P500 VIX短期先物インバース日次指数」がどのような指数であるのかを、詳しく知っていた投資家は少ないのではないでしょうか。それは市場関係者においても同様と思われます。
 

◆対象指標の詳細「円換算したS&P500 VIX…」


 まず「円換算した…」とありますので、対象指標が日本のものではないこと、円換算することで為替変動リスクがあるといった点が分かります。次に「S&P500…」とありますので、対象指標は米株を代表する株価指数のS&P500に関連した指数であることが分かります。そして「VIX…」とありますので、これは恐怖指数と言われるVIX指数(Volatility Index)であることが分かります。

 このVIX指数とは、S&P500を対象とするオプション取引の値動きを元にCBOE(Chicago Board Options Exchange、シカゴオプション取引所)が算出・公表しています。CBOEボラティリティ指数とも言われます。具体的には、当限と翌限の権利行使価格が異なるプットとコール合わせて100以上のS&P500オプションのプレミアムから算出される満期30日のIV(implied volatility、予想変動率)を測定します。

 IVとは将来の価格変動率の期待値であり、ブラック・ショールズなどのオプション価格モデルに入力すると、そのオプションの現在の市場価格に等しい理論値を返す、原資産のボラティリティの値を指します。

 算出結果として得られたVIX指数の値が20ポイントであった場合、これは30日後に年率換算で±20%の変動がS&P500に見込まれていることを意味しています。これを1カ月に換算すると±約5.8%(=20÷√12)の変動が見込まれていることになります。つまり、VIX指数はS&P500の予想価格変動率を示しており、大きな変動が予想される際に上昇し、平時には低迷します。

S&P500とVIX指数(ポイント)
出所:Refinitiv

 ただ、大きな変動が予想されるのはリスク回避地合いが高まっている急落場面が多く、同指数が恐怖指数と呼ばれる所以(ゆえん)です。価格の変動は上方向と下方向の両方が考えられますが、下方向への変動が大きくなるのは、多くの投資家が「買い」からマーケットに参入し、急落場面で慌てて売ることになるため、と考えられます。

話を対象指標に戻しますが、「VIX…」の次に「短期先物…」とあります。VIX先物となれば、VIXを対象とする指数先物であることが容易に想像されます。しかし、対象指標はVIX先物ではなくVIX短期先物なのです。一体何が違うのでしょうか。(後編につづく)

このコラムの著者

MINKABU PRESS(MINKABU PRESS)

資産形成情報メディア「みんかぶ」や、投資家向け情報メディア「株探」を中心に、マーケット情報や株・FXなどの金融商品の記事の執筆を行う編集部です。 投資に役立つニュースやコラム、投資初心者向けコンテンツなど幅広く提供しています。