ブラックロックのラリー・フィンク(後編)―デリバティブを奏でる男たち【12】―

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◆破綻処理の助っ人・ベア・スターンズ編


以前から問題がある金融資産の評価などに対して、ブラックロック<BLK>からアドバイスを受けていた米国政府は、2008年に起きた世界金融危機でも同社を頼りにしました。なお、世界金融危機の状況は以下をご参照ください。

▼デリバティブ投資手法の進化(破壊と創造の歴史)【8】 2007年 サブプライム問題(前編)
https://fu.minkabu.jp/column/724
▼デリバティブ投資手法の進化(破壊と創造の歴史)【8】 2007年 サブプライム問題(後編)
https://fu.minkabu.jp/column/733

 サブプライム住宅ローンを束ねて証券化したRMBS(Residential Mortgage Backed Securities、住宅ローン債権担保証券)を更に束ねて組成されたデリバティブ金融商品であるCDO(Collateralized Debt Obligation、債務担保証券)。これにレバレッジを掛けて投資したファンドの損失が元で、米大手投資銀行のベア・スターンズが2008年3月に事実上破綻します。その2カ月後、米連邦準備制度理事会(FRB)の公的資金288億ドル注入によって、JPモルガン・チェース<JPM>によるベア・スターンズの救済買収が実現します。この舞台裏で活躍したのが、ブラックロックでした。

 このときJPモルガン・チェースは、ベア・スターンズの資産を評価するためにブラックロックを雇った、といわれています。その資産評価を受けて、JPモルガン・チェースは政府の支援なしにはベア・スターンズは買えないと決めます。

 すると今度は、当時のニューヨーク連銀ガイトナー総裁がブラックロックを雇い、ベア・スターンズの資産評価を行わせます。そして、ベア・スターンズが保有する流動性が低い資産などを事実上、公的資金で買い取ることを条件に、救済買収をJPモルガン・チェースに飲ませました。

 加えて、この流動性が低い資産などに関して、ニューヨーク連銀は特別目的会社(SPV)「メイデン・レーン」を設立して移管し、その管理を行うアセット・マネジャーにブラックロックを任命したのです。
 

◆破綻処理の助っ人・AIG編


 9月になると、公的支援を拒否されたリーマン・ブラザーズが、再建を断念してチャプター11米連邦倒産法11章)を申請しました。その翌日に、クレジット・デリバティブ(国や企業の破綻リスクを売買する金融派生商品)事業を積極的に展開していた、米大手保険会社AIG(アメリカン・インターナショナル・グループ)<AIG>の株価が90%も下落します。事態を重く見た米財務省とFRBはAIGの救済を決定し、400億ドルの公的資金を注入しました。

 この救済に関してもブラックロックは、ベア・スターンズ救済時のように利益相反が疑われる立場にあったようです。ブラックロックはAIG内に2つのチームを設置し、1つは同社の経営陣のために、そしてもう1つはFRBのために、それぞれがAIGの保有するクレジット・デリバティブをどのように評価するかといった助言行為を行っていたとされます。

 FRBはベア・スターンズ救済時と同様に「メイデン・レーン」を設立しますが、ここではAIGの保有するRMBSを買い取る「メイデン・レーンⅡ」(公的資金225億ドル注入)、AIGの取引相手からCDOを買い取る「メイデン・レーンⅢ」(公的資金300億ドル注入)の2つを設立。いずれも管理はブラックロックに委ねられました。
  メイデン・レーンのスキーム  

◆破綻処理の助っ人・その他編


 10月になると、大手金融機関のデフォルト(債務不履行)懸念はさらに広がりをみせ、米大手金融機関のシティグループ<C>も公的資金の注入を受け入れることになります。当初の資本注入額は250億ドルでしたが、懸念は収まらず、12月には200億ドルの追加注入が行われます。そして、同社が保有する3000億ドル以上の不良資産に対して、米財務省とFDIC(Federal Deposit Insurance Corporation、連邦預金保険公社)が損失を一部肩代わりすることで、ようやく懸念は解消されていきます。この不良資産に対する評価もブラックロックに委ねられていました。

 また、ブラックロックは、2010年7月にともに上場廃止した政府系住宅金融機関のフレディマック(Federal Home Loan Mortgage Corporation、連邦住宅貸付抵当公社)やファニーメイ(Federal National Mortgage Association、連邦住宅抵当公庫)の問題のあるポートフォリオを監視するためにも雇われています。

 このようにブラックロックは、米財務省や金融当局から「破綻処理の助っ人」として優先的な立場に置かれていました。しかも、ブラックロックは入札によって選ばれたわけではありませんでした。後にその理由を求められた際に、ガイトナー・ニューヨーク連銀総裁は、他の企業からの入札を勧誘する時間はなく、ブラックロックは「アメリカの納税者の利益に最も役に立つ」ために選ばれた、と述べるにとどめています。

 確かに当時、不良債権に対する評価において、ブラックロックほど幅広い知識を持っている企業はなかったといわれています。しかし、同社は2008年に起きた世界金融危機で幾つか大きな誤りも起こしています。例えばベア・スターンズの破綻時には、よりリスクの高い高利回りの債券にお金を入れるように助言したり、リーマン・ブラザーズが破綻する3カ月前には同社株をまとめて買ったりなど…。

 なかでも大きな失敗は、2006年に54億ドルも投資した米ニューヨーク・マンハッタン東部にある大型集合住宅施設「スタイベサント・タウン・アンド・ピーター・クーパー・ビレッジ」(総戸数1万1200戸)でした。その後、賃料が予測から外れて下落し、同事業は2010年に破綻します。これによってブラックロックの主要顧客であった全米最大の年金基金であるカリフォルニア公的年金基金(カルパース)は5億ドルを失ったとされます。
 

◆再び、助っ人登場


 ブラックロックと米政府との関係は、世界金融危機後に一段と深まり、同社は政府の高級官僚を次々と雇い入れます。また、「メイデン・レーン」の管理や不良資産に対する評価を行うために、ブラックロックは投資顧問事業部門(FMA)を立ち上げます。この事業は後に大きく成長し、英財務省や欧州中央銀行(ECB)など、多くの公的機関にも投資助言をする立場となります。

 そして、2020年にコロナ・ショックが起きました。中国から始まった新型コロナウイルスの感染拡大により世界経済は急激に縮小し、クレジット・クランチ(信用収縮)に見舞われるとの懸念がマーケットを襲います。このときFRBは量的緩和を含む数々の対策を矢継ぎ早に打ち出しています。

 その対策の1つとして、FRBは発行市場と流通市場で社債を購入するほか、政府系機関の支払い保証がついたCMBS(Commercial Mortgage Backed Securities、商業用不動産ローン担保証券)などを買い取る特別目的会社(SPV)を設立し、その管理をブラックロックのFMAに任せます。もちろん、世界金融危機の時と同様に入札なしで決まりました。

 加えてFRBは社債だけでなく、投資適格社債に投資するETF(上場投信)も購入することにしました。この種のETFではブラックロックが運用する投資適格社債ETFの規模が最も大きく、FRBの決定により同ETFは値上がりし、同業他社から不満が漏れたといいます。

このように他から不満がもれるほど、ブラックロックは危機時の助っ人として圧倒的な地位を確立するに至っています。そして、前編の冒頭で触れたように「フィンク・レター」で、更に影響力を高めようとしているのでしょう。今後、ラリー・フィンクの一挙手一投足を見ずして、クローバル・マーケットを語ることは難しくなっていくとみられます。 (敬称略)
 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。