第2世代のクオンツ・ファンド、ツーシグマ(前編)―デリバティブを奏でる男たち【23】―

ブックマーク

◆AI(人工知能)を駆使する第2世代のクオンツ・ファンド


 前回は、LCHインベストメンツによるヘッジファンド収益ランキングにおいて2020年に続き2021年も、高い水準にランキングされていたクオンツ投資の先駆者D.E.ショー・アンド・カンパニーを取り上げました。今回はそのD.E.ショーに共同創業者が一時在籍していたクオンツ系ヘッジファンド、ツーシグマ・インベストメントを取り上げます。

 運用資産が580億ドルとD.E.ショーに匹敵するサイズのツーシグマは、ヘッジファンド収益ランキングにおいて2020年、2021年の両年は高い水準にはランキングされていません。しかし、全体の運用成績がマイナス410億ドルと厳しかった2018年においては32億ドルも稼ぎ、第9回で取り上げたレイ・ダリオ率いるブリッジウォーター、ジェームズ・シモンズ率いるルネサンス・テクノロジーズに次いで3位にランキングされていました。

2018年利益トップ15のヘッジファンド(単位は10億ドル)

▼ブリッジウォーターのレイ・ダリオ(前編)―デリバティブを奏でる男たち【9】
https://fu.minkabu.jp/column/1095
▼ブリッジウォーターのレイ・ダリオ(後編)―デリバティブを奏でる男たち【9】
https://fu.minkabu.jp/column/1096

 前回も触れた通りクオンツとは、企業業績や財務などのミクロ・データや経済指標などのマクロ・データ、あるいは株価や金利、為替などの値動きといったマーケット・データを数学的な手法で解析し、バリュエーション評価や市場価格の変動予測などに利用する手法、もしくはそのような方法を用いる業界関係者や関連部署を指します。

 この定義に従えばツーシグマもクオンツ系ヘッジファンドなのですが、同社はAI(人工知能)、機械学習、分散コンピューティングなど、さまざまな技術を取引戦略に逸早く導入しました。例えば、各種の経済指標の結果などといったマクロ・データ、経営トップの辞任などのミクロ・データに加え、ニュース・フローが株価にどう影響するかをAIが予想して自動売買するほか、そうした判断が今後も有効なのかについても併せて検証し、必要に応じて修正するといった具合です。その意味でツーシグマは第2世代のクオンツ・ファンドと言えるのかもしれません。
 

◆3人の創業者


 ツーシグマは、デビッド・マーク・シーゲル(通称デビッド・シーゲル)、ジョン・アルバート・オーバーデック(通称ジョン・オーバーデック)、そしてマーク・ピッカードの3人によって創設されました。当初はピッカードが社長を務めていたようですが、2006年に退職したため、現在はシーゲルとオーバーデックの2人が経営を管理しています。

 1961年生まれのシーゲルは、米ニューヨーク州ブロンクスで育ちました。1968年に公開されたSF映画『2001年宇宙の旅』に触発され、コンピューター・サイエンスといった新しい成長分野に惹かれます。12歳にしてPCのパーツであるメモリー・モジュールやロジック・ボードを作成し、ニューヨーク大学クーラント数理科学研究所でスーパーコンピューターのプログラミングを学びました。

 高校卒業後はプリンストン大学で電気工学とコンピューター・サイエンスの学位を取得し、マサチューセッツ工科大学(MIT)に進学。コンピューター・サイエンスの博士号を取得した後、MITのAI研究所で研究を行っていました。その後はD.E.ショーに入社し、ここでオーバーデックと出会います。

 1969年生まれのオーバーデックは、父親が米国家安全保障局(National Security Agency、NSA)の上級数学者、母親が衛星通信のソフトウェア開発を指揮するアカデミックな家庭に育ちました。1986年にポーランドで実施された第27回国際数学オリンピック(International Mathematical Olympiad、IMO)ワルシャワ大会で、16歳にして銀メダルを獲得。その年に飛び級で米スタンフォード大学に進学して数学と統計学の学位を取得します。卒業後はD.E.ショーに入社しました。

 D.E.ショーでは、オーバーデックは日本の株式とワラント債(新株引受権付社債)の裁定取引などを指揮し、ロンドンの投資運用関連会社を監督。最高情報責任者(CIO)を経てマネージング・ディレクターに就任します。しかし、一緒に働いていたジェフ・ベゾスの技術アシスタントとして、彼が創設した米IT大手アマゾン<AMZN>の副社長に転職しました。

 一方、シーゲルはD.E.ショーのCIOを経て、個人金融サービスのウェブサイト、フォーサイトを設立。初めて個人投資家による株式のネット・トレード・サービスを提供します。この会社はメリルリンチ(現在のバンク・オブ・アメリカ<BAC>)に買収され、シーゲルは著名ヘッジファンド・マネジャーのポール・チューダー・ジョーンズが率いるチューダー・インベストメント・コーポレーションへ転職。CIO兼マネージング・ディレクターを務めました。

 ここでシーゲルは当時チューダーの最高財務責任者(CFO)であり、トレーダーであったマーク・ピッカードと出会います。そして、ジョーンズなどの支援を受けながら2001年、ピッカード、オーバーデックとともにツーシグマを起ち上げました。子供の頃に触発された映画に倣い、シーゲルの『2001年宇宙の旅』ならぬ『2001年独立の旅』がここから始まったのです。

正規分布曲線

 ツーシグマの社名の由来は、正規分布における2標準偏差(シグマ、σ)にあるとされています。正規分布において、±2σの間に全てのデータの95.44%が含まれます。この範囲から外れるくらい高い水準のパフォーマンスを目指すということのようです。このツーシグマにおいて当初はピッカードが経営し、オーバーデックが運用モデルを考案、それをシーゲルがPCに落とし込む、という役割を担っていました。

 そして、ツーシグマの二つの旗艦ファンドであるスペクトラムとコンパスが、それぞれ2004年と2005年に設定され、高いパフォーマンスを達成します。ところが、ピッカードが退職した翌年の2007年に、とんでもない事態がマーケットを襲いました。(敬称略、後編につづく

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。