デリバティブを奏でる男たち【57】 グラハム・キャピタルのケネス・トロピン(後編)

ブックマーク

◆グラハム・キャピタルの投資戦略


 今回は米国を代表するCTA (Commodity Trading Advisor、商品投資顧問)の一つであり、グローバル・マクロ戦略も手掛けるグラハム・キャピタル・マネジメントの会長兼創設者、ケネス・グラハム・トロピンを取り上げています。前編でも紹介した通り、同社はシステマティックなトレンド・フォローと裁量トレードに基づいたグローバル・マクロという完全に異なる二つの戦略を用い、株式や債券の現物市場に限らず、先物や為替などのオルタナティブ市場においても投資しています。
 
 同社は設立当初、1990年代におけるヘッジファンド業界の「ジュニア3」の一人に数えられたポール・チューダー・ジョーンズ二世が率いるチューダー・インベストメント・コーポレーションから支援を受けました。顧客のほかにチューダーが雇うほどではない小粒のトレーダーを何人か紹介してもらうことで、グローバル・マクロ戦略に基づく裁量トレードを始めます。
 
 グラハム・キャピタルが設立当初から手掛けていたトレンド・フォロー戦略が成功するかどうかは、市場に関する2つの重要な事柄が前提となっていました。一つは、価格のトレンドが市場で定期的に発生するという前提です。トレンドはすべての市場において常に存在しているわけではありませんが、トレンド・フォロワーは20年以上にわたってプラスのリターンを上げており、これはトレンドが存在することの証左といえるでしょう。もう一つは、こうしたトレンドから利益を得るためのトレーディング・システムを構築できるという前提です。すべてのトレンド・フォロワーが体系化しようとするシステム上の基本的なポイントは、「損切り」と「利益確定」であるといわれています。そのほか、執行コストを抑制することも重要です。
 
 その一方でグローバル・マクロ戦略の場合、様々な方法がありますが、基本的には経済状況に基づいた各資産クラスの短期的な、あるいは長期的な方向性や勢い(モメンタム)、または相対的価値(レラティブ・バリュー)をベースにトレーダーの裁量で取引をします。ただ、グラハム・キャピタルでは、マクロ経済指標などのヒストリカルデータを計量分析することにより、トレードのタイミングなどを計るクオンツ・マクロといった手法も用いています。

 

◆管理と運用総額


 同社では高度なクオンツ(定量的)運用のノウハウをリスク管理においても活用し、グローバル・マクロ戦略では、各資産クラスや期待されるアルファ(投資対象資産の指標であるベンチマークを上回るリターン)間の相関や分散の効き具合を徹底的に監視しています。また、トレンド・フォロー戦略では一般的に、ある程度長期の時間軸による資産クラス間の相関に基づいてポジションの安定化を図りますが、同社ではごく短期間での計測値も用いながら安定化を実現。相場の急変にも素早い対応ができるように設計されているようです。

 このように実用的で一貫したリスク管理を実施するようになったのは、2007年秋に起きたサブプライム住宅ローン問題がきっかけでした。これ以降、同社では毎朝リスク会議を開き、昨日の利益と損失、すべてのトレーダーのポジション、各資産の流動性、取引相手(カウンター・パーティー)のリスク、ストレステストなどを確認するほか、個別に損失を抱え込んでいるトレーダーはいないか、懸念すべきことはないかなど、様々なリスクについて情報を共有し、問題点の改善を図ることを今日まで続けています。こうした管理は長期にわたって大きな価値をもたらすと考えられているようです。
 
 これらの戦略と管理手法により、グラハム・キャピタルの運用資産額は2015年に100億ドルの大台を突破しました。もっとも、ウィントン・グループのデビッド・ハーディングを取り上げた第54回でも触れたように、トレンド・フォロー戦略にとって2011年からの10年は「死の10年」でした。それはグローバル・マクロ戦略にもいえることです。2010年7月から2021年7月までの11年間、米連邦準備制度理事会(FRB)、欧州中央銀行(ECB)、英イングランド銀行(BOE)の米欧英中央銀行による金融政策は、合計すると0.25%の利上げを年平均およそ1.2回しか実施していなかった、とトロピンはいいます。そのため、同社の運用資産額は次第に伸び悩み、2023年7月現在ではおよそ180億ドルとされています。

▼デリバティブを奏でる男たち【54】 ウィントン・グループのデビッド・ハーディング(前編)
https://fu.minkabu.jp/column/1927

▼デリバティブを奏でる男たち【54】 ウィントン・グループのデビッド・ハーディング(後編)
https://fu.minkabu.jp/column/1934

 

◆最近の動向


 もっとも、2022年の1年間は、米欧英の金融政策は合計すると、およそ50回弱の利上げを実施しています。金融緩和政策やインフレの欠如がマクロのボラティリティを低下させていましたが、その状況は一変。各国の中銀がインフレ退治を目指し、それ以前の11年間と比べて40倍も動きを活発化させたことで、マクロ・トレーダーは忙しくなり、それだけ収益機会も多かったと考えられます。これはトレンド・フォロー戦略においても同様で、グラハム・キャピタルにとっては良い環境だったといえるでしょう。ただ、2023年は予想外の展開となっているのか、グローバル・マクロ戦略、トレンド・フォロー戦略ともに成績が振るわないようです。
 
 トロピンによると、2023年現在の米国株は割高に見えるとのこと。米国において景気後退の可能性が高いとするならば、それは株式にとってあまり良いことではなく、12カ月先PER(株価収益率)の19倍は、株価下落によって16~17倍といった正常な状態に戻るべきだといいます。加えて、ドルが少し弱く見えるとか、米債の利回り水準は適正であるものの、平坦化(フラットニング)が激しく、逆イールド(短期債の利回りが長期債の利回りよりも高い状態)になっているイールドカーブ(利回り曲線)は、もっと傾斜化(スティープニング)すべき、などと考えているようです。
 
 ちなみに、トロピンはそのキャリアで大きく影響を受けた書籍として、次の2冊を挙げています。第51回で取り上げた投機王ジェシー・ローリストン・リバモア(1877 -1940)を描いたジョージ・エドウィン・ヘンリー・ルフェーヴル(1871-1943)の架空の伝記小説『Reminiscences of a Stock Operator株式オペレーターの回想』(邦題『欲望と幻想の市場ー伝説の投機王リバモア』)と、第46回で取り上げたコモディティーズ・コーポレーション出身であるジャック・D・シュワーガーが著した『Market wizards(邦題:マーケットの魔術師)』です。(敬称略)

▼投機王ジェシー・リバモア(前編)―デリバティブを奏でる男たち【51】
https://fu.minkabu.jp/column/1882

▼投機王ジェシー・リバモア(後編)―デリバティブを奏でる男たち【51】
https://fu.minkabu.jp/column/1888

▼コモディティーズ・コーポレーション(前編)―デリバティブを奏でる男たち【46】
https://fu.minkabu.jp/column/1800

▼コモディティーズ・コーポレーション(後編)―デリバティブを奏でる男たち【46】
https://fu.minkabu.jp/column/1808

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。