デリバティブを奏でる男たち【59】 マイケル・スミスのCVCキャピタル(前編)

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◆世界最大級のプライベート・エクイティ投資会社


 今回はマイケル・スミスが創設した欧州を拠点とするプライベート・エクイティ(未公開株式)投資会社、CVCキャピタル・パートナーズを取り上げます。

 2023年7月現在の同社ホームページでは、資産運用額が1400億ユーロ(1ユーロ=1.1ドルとして1540億ドル)となっており、そのレベルは世界最大級といわれています。プライベート・エクイティ・インターナショナル(PEI)が毎年公表するプライベート・エクイティ・ファンドの運用資金調達額PEI 300ランキングにおいて、同社は2020年に公表されたランキングの7位、2021年に3位、2022年は4位と連続してトップ10入りを果たしていましたが、2023年は417.5億ドルと15位にランクダウンしてしまいました。しかし、2023年7月には世界的な金利上昇という厳しい局面にもかかわらず、260億ユーロ(同286億ドル)の資金調達に成功したと報じられており、2024年は再びトップ10に返り咲くとみられます。


出所:Private Equity InternationalのPEI 300

 CVCを共同で創設したマイケル・スミスは、ブルームバーグにおいてフルネームをマイケル・デイビッド・クック・スミスとされていますが、他ではマイケル・スミスという記述がほとんどです。彼はあまりマスコミに出たがらないためか、詳しい略歴については報じられていません。英国イングランド北部のヨークシャー出身で、1952年頃に生まれた彼は、米シカゴのロヨラ大学で経営の学士号と修士号を取得しました。学部は異なりますが、前回に紹介したバリアズニー・アセット・マネジメントを創設したドミトリー・バリアズニーと同じ大学の卒業生といえます。卒業後の1982年、シティコープ(現在のシティグループ、1998年にトラベラーズ・グループと合併)に入社したところから、彼の金融キャリアはスタートしました。

 その後、シティコープの欧州ベンチャー・キャピタル部門を率いるようになります。ベンチャー・キャピタルは彼がシティに入社した頃が草創期にあたり、1980年代にブームとなります。1990年代初頭には不況で落ち込む場面はありましたが、その後はバブルになりました。この間に彼は同部門をスピンアウトさせることで独立します。他のマネージング・ディレクターであるスティーブン・フレデリック・コルテス、ブルース・ハーディ・マクレイン、ドナルド・マッケンジー、イアン・パーハム、ロリー・ヴァン・ラパードと共に1993年、CVCキャピタルを創設。運用資産3億ドル(そのうち半分はシティコープから)で投資ファンドをスタートさせました。ちなみに、CVCとはシティコープ・ベンチャー・キャピタルの略称といわれています。また、シティコープの米国ベンチャー・キャピタル部門も2006年に、コートスクエア・キャピタル・パートナーズとしてスピンアウトしました。

 

◆主な投資先


 CVCがスピンアウトした背景として、キャリー・インタレスト(取引に成功した際の利益の分配)の支払いについてシティコープ社内でトラブルになっていたことが指摘されており、CVCでは設立当初から「勝者には報酬を、敗者には苦痛を」与える個人主義的な給与体系になっています。具体的には、投資利益から得られるCVCの成功報酬20%のうち、約3分の1が直接関与した少人数のグループに低税率で支払われるため、取引がうまくいけば若い幹部でさえ人生を変えるほどの大金を手にすることができた、といわれています

 同社では投資ファンドを通じて欧州や米国、アジアといった地域でプライベート・エクイティ投資事業を展開するほか、レバレッジド・バイアウト(借入金を用いた企業買収)やプライベート・クレジット(未公開企業融資)なども手掛けています。これまで数多くの企業に関わってきましたが、よく報じられるところでは、モーターレース運営組織であるフォーミュラ・ワン(F1)・グループの買収が挙げられます。

 2006年にCVC共同創業者のマッケンジーは、フォーミュラ・ワン・グループのCEO(最高経営責任者)であり、F1界のボスといわれたバーナード・チャールズ・エクレストンとの昼食会から戻ると、F1を買収したいと宣言。コンソーシアム(共同事業体)を組み、数年がかりで経営権を手に入れました。そして、2016年にジョン・カール・マーロンが創設した米メディアグループ、リバティ・メディアに売却。CVC史上最高の利益をもたらしました。フォーミュラ・ワン・グループは現在、リバティ・メディア-フォーミュラ・ワン・グループとして米ナスダック市場に上場しています。

リバティ・メディア-フォーミュラ・ワン・グループ 週足


 もちろん、良い話ばかりではありません。2006年にはオーストラリアのメディアグループ、ナイン・エンターテインメントの経営権を18.5億ドルで取得しましたが、経営が上手くいかず、2012年には20億ドル近くの損失を計上して手放しています。その後を同業であり、第10回で取り上げたハワード・スタンレー・マークスが創設のオークツリー・キャピタル・マネジメントや、第33回で取り上げたレオン・デイビッド・ブラックらが創設のアポロ・グローバル・マネジメント、そしてゴールドマン・サックス・グループなどが引き継ぎ、ナイン・エンターテインメントは2013年にオースラリアASX市場に上場を果たしました。

 このほかにもCVCは2007年に旅行鞄でお馴染みのサムソナイトを買収しますが、サムソナイトの米国小売部門が2009年にチャプター11(連邦破産法第11条、日本の民事再生法に相当)を申請。多額の償却を余儀なくされました。しかし、事業再編を経て2011年にサムソナイト・インターナショナル(新秀麗国際)として香港市場に上場。最終的には償却額の1.5倍の利益を得ました。(敬称略、後編につづく)

▼オークツリー・キャピタルのハワード・マークス(前編)―デリバティブを奏でる男たち【10】
https://fu.minkabu.jp/column/1108

▼オークツリー・キャピタルのハワード・マークス(後編)―デリバティブを奏でる男たち【10】
https://fu.minkabu.jp/column/1117

▼プライベート・エクイティの巨人、アポロ・グローバル(前編)ーデリバティブを奏でる男たち【33】
https://fu.minkabu.jp/column/1546

▼プライベート・エクイティの巨人、アポロ・グローバル(後編)ーデリバティブを奏でる男たち【33】
https://fu.minkabu.jp/column/1551

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。