デリバティブを奏でる男たち【62】 ヴァレンベリ家のEQT(前編)

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◆北欧最大のPEファンド


 前回はプライベート・エクイティ(PE)およびLBO(Leveraged Buyout、多額の借金つまりレバレッジを利用した企業買収)業界のパイオニアといわれるKKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)を取り上げました。今回はプライベート・エクイティ・インターナショナル(PEI)が毎年公表するプライベート・エクイティ・ファンドの運用資金調達額PEI 300ランキングにおいて、このKKRや第59回で取り上げたCVCキャピタル・パートナーズのポジションを脅かす存在になってきた北欧最大のプライベート・エクイティ・ファンド、EQTを紹介します。同社は2020年に8位、2021年に6位、2022年と2023年は3位と、着実にランキングを登ってきています。

 


出所:Private Equity InternationalのPEI 300(再掲)

 EQTは、1916年に設立された投資会社インベストールAB、およびその出資企業であるスウェーデンの主要銀行スカンジナビスカ・エンスキルダ・バンケン、米プライベート・エクイティ・ファンドのAEAインベスターズの出資により、1994年にEQTパートナーズの社名でスウェーデンのストックホルムで創設されました。創設のきっかけは、当時のインベストールABの最高経営責任者(CEO)であったクレス・ダールベックを囲むストックホルム旧市街の夕食会において、執行副社長であるイングヴェ・コニー・ジョンソンが発案したとされます。

 そのため、ジョンソンは同社創設以来のマネージング・パートナーであり、2014年以降はEQTの会長を務めています。1960年生まれのジョンソンは、スウェーデンのリンショーピン大学で経済分析と会計・財務を専攻。1984年に同校を卒業した後、ハーバード・ビジネス・スクールの経営開発プログラムに参加しました。その後はスウェーデンの主要銀行であるスウェド銀行の投資会社、スウェドバンク・ロバーに就職。1987年にインベストールABに転職しています。ちなみに「AB」とは、スウェーデン語のAktiebolagの略称で「株式会社」という意味です。

 

◆スウェーデンの財閥一族


 スウェーデンの主要株式市場であるナスダック・ストックホルムに上場し、同市場の主要株価指数OMXストックホルム30にも採用されているインベストールABは、スウェーデンの財閥一族であるヴァレンベリ家(英語表記ではウォーレンバーグ)により設立され、2007年に設立された同家の資産管理会社であるFAM AB(旧社名Foundation Asset Management AB)によってコントロールされています。元々、ヴァレンベリ家の第一世代といわれるアンドレ・オスカル・ヴァレンベリ(1816-1886)が、1856年に設立したストックホルム・エンスキルダ銀行(1972年にライバルのスカンジナビスカ銀行と合併。現在のスカンジナビスカ・エンスキルダ・バンケン)を通じて、スウェーデンの主要企業に投資していました。しかし、1916年の法改正により、銀行が企業の株式を長期間保有し続けることが困難となったため、投資会社として分離(スピンオフ)したのがインベストールABです。

 インベストールABは現在、スカンジナビスカ・エンスキルダ・バンケンの他にもOMXストックホルム30に採用されている多くのスウェーデン主要企業の大株主となっています。例えば産業用ロボットメーカーのABB グループ(アセア・ブラウン・ボベリ)。1988年にスウェーデンのアセアとスイスのブラウン・ボベリが合併してできたABBグループは、ファナック <6954> [東証P]や安川電機 <6506> [東証P]、中国の美的集団の子会社であるドイツのクーカと並ぶ、世界4大ロボットメーカーの一つです。また、産業用コンプレッサーの世界的メーカーであるアトラスコプコ、英国に本社を置く欧州大手製薬会社アストラゼネカ(イギリスの大手化学会社ICIからスピンオフした医薬品部門のゼネカが、スウェーデンの医薬品メーカーであるアストラと1999年に合併)、スウェーデンの大手家電メーカーであるエレクトロラックス、そしてスウェーデンの通信機器メーカーであるテレフォナクティーボラーゲLMエリクソンなどが挙げられます。

アストラゼネカ 月足


テレフォナクティーボラーゲLMエリクソン 月足



 かつては証券取引所のOMX(ストックホルム証券取引所が2003年にフィンランドのヘルシンキ証券取引所と合併)も主な出資先でしたが、2007年に米取引所のナスダックへ売却。現在はナスダック・ストックホルムになっており、インベストールABは米ナスダックの主要株主になりました。また、スウェーデンの航空機・兵器メーカーであるSAABの主要株主でもあります。ちなみに同社の自動車部門であったサーブ・オートモービルは、ゼネラル・モーターズや蘭スパイカー・カーズ(スウェディッシュオートモービルに社名変更)の傘下となるも、2011年に経営破綻しています。

ナスダック 月足

 

◆産業界に絶大な影響力


 ヴァレンベリ家は、目立った富の誇示を避けているため、日本などではあまり知られていません。それは家訓として「Esse non videri(行動すること、そうではないように見えること)」を指導原則の一つとしているからなのでしょうか。これはヴァレンベリ家の第二世代にあたるマーカス・ヴァレンベリ・シニア(1864-1943)が信条としていた言葉です。

 しかし、ヴァレンベリ家はノーベル財団の理事を多数輩出している名門であることに加え、代々スウェーデンの政治や外交にも深く関わってきました。また、インベストールAB、その親会社であるFAM AB、あるいはFAM ABに出資している幾つかの財団などを通じて、ヴァレンベリ家はスウェーデンの名立たる主要企業に投資しており、1970 年代にはスウェーデンの産業労働力の約4割の雇用に関わり、ストックホルム株式市場全体の時価総額の約4割を占めていたそうです。また、1990年にはスウェーデンのGNP(国内総生産)のおよそ3分の1を間接的に支配している、とも推計されています。

 このヴァレンベリ家は現在、第5世代にあたるインベスト―ルAB会長ジェイコブ・ヴァレンベリが指導的な立場にあります。1956 年生まれのジェイコブは、ペンシルバニア大学ウォートンスクールで学び、1980年に経済学の学士号を取得。1981年にMBA(Master of Business Administration、経営学修士号)も取得し、スウェーデン王立海軍兵学校でも教育を受けました。1995年から1996年までスカンジナビスカ・エンスキルダ・バンケンで、副社長およびコーポレート・サービス部門の責任者を務め、1998年から2005年まで同行の会長、2005年から2014年まで副会長を務めました。そのほか、アトラスコプコやエレクトロラックスなどの出資先、あるいは米コカ・コーラやストックホルム商工会議所などの取締役も務めています。英ガーディアン紙は彼を「スウェーデン王室の金融界の王子」と評しています。(敬称略、後編につづく)

 

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。