デリバティブを奏でる男たち【64】 フィリップ・ラフォンのコーチュー・マネジメント(前編)

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 今回は、久しぶりにタイガー・カブ(子トラ)を紹介します。「タイガー・カブ」とは、第2回で取り上げたジュリアン・ハート・ロバートソン・ジュニア(1932-2022)が率いたタイガー・マネジメント出身のヘッジファンド運用者を指します。

 これまで多くのタイガー・カブを取り上げてきましたが、その中で5大ファンドといえば、第20回で取り上げたチェイス・コールマンのタイガー・グローバル・マネジメント、第30回で取り上げたハルボーセンのバイキング・グローバル・インベスターズ、第31回で取り上げたバイキング出身のサンドハイムのD1キャピタル・パートナーズ、第53回で取り上げたスティーブン・マンデルのローン・パイン・キャピタル、そして今回取り上げるフィリップ・ラフォンが率いるコーチュー・マネジメントを指します。ただ、コーチューはマスコミなどに積極的には露出を行っておらず、日本ではあまり知られた存在ではありません。

▼タイガー・グローバルのチェイス・コールマン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【20】
https://fu.minkabu.jp/column/1304

▼バイキング・グローバルのハルボーセン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【30】
https://fu.minkabu.jp/column/1486

▼D1キャピタルのサンドハイム(前編)―デリバティブを奏でる男たち【31】
https://fu.minkabu.jp/column/1510

▼ローン・パインのスティーブ・マンデル(前編)―デリバティブを奏でる男たち【53】
https://fu.minkabu.jp/column/1911

 師匠であるロバートソンが亡くなった2022年は、タイガー・カブにとって受難の年であり、どのファンドも運用成績は非常に低調でした。特に5大ファンドの運用資産は損失と資金流出により800億ドル以上も減少したと報じられています。彼らの多くは、独自の相場観や投資視点に基づいて銘柄を選別するロバートソンのような「ストックピッカー」であるため、好成績のときは揃って人気を博しますが、ダメとなれば運用資金の集まりも揃って難しくなります。特に2022年の翌年である2023年は厳しく、それは今回取り上げるコーチュー・マネジメントも例外ではありませんでした。運用資産は3割も減少し、資金調達額は前年の半分以下になってしまいます。
 

◆創設者フィリップ・ラフォン


 2023年9月末時点で423億ドルを運用しているコーチューを創設したフィリップ・ラフォンは1967年に生まれ、幼少期の多くをフランスで過ごしました。コンピュータなどのハイテクが大好きで、1985年にはマサチューセッツ工科大学(MIT)に入学。コンピュータ・サイエンスの修士号を取得した後は、米アップルに就職したかったのですが、3度も断られたため仕方なく米系の大手コンサルティング会社、マッキンゼーのマドリード支社に就職します。

 2年後に退社して妻の実家で働きますが、やがて株式投資に興味を持ち始めました。彼は得意分野のハイテク株を中心に投資していましたが、間もなくITバブルがスタートしたことから活躍の場が広がります。フィリップは金融業界を目指して一度はタイガー・マネジメントに就職を希望しますが、ここでも断られてしまいます。しかし、フィリップの友人の友人がジュリアン・ロバートソンの知人であったことから紹介してもらい、タイガー・マネジメントのテクノロジー・チームで働くことができました。彼に言わせればタイミングが良かったためであり、運よくITバブルが始まらなければ、間違いなく別の仕事をしていただろう、と回想しています。

 タイガー・マネジメントでは3年半もの間、ロバートソンの指導の下でハイテクや通信セクターを担当。運用不振でタイガー・マネジメントが閉鎖(詳細は以下の第2回をご参照ください)される少し前の1999年に独立してコーチューを創設しました。その際の運用資産はわずか1500万ドルだったそうです。ちなみに社名は、彼が大好きな場所である米マサチューセッツ州ナンタケット島のビーチ、コスタカ・コーチューに由来しています。

▼タイガー・マネジメントのジュリアン・ロバートソン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【2】

https://fu.minkabu.jp/column/945

 

出所:マサチューセッツ州政府ホームページより抜粋

 

◆弟トーマスの入社


 フィリップは師匠のロバートソンに倣い、良い銘柄を買って悪い銘柄を売るといったロング・ショートのストックピッカーに徹しますが、それも自らが得意とするTMT(テクノロジー・メディア・通信)分野、なかでも消費者向けテクノロジー企業に焦点を絞っていきました。ところが、ITバブルは2000年に弾けてしまい、創設間もないコーチューは試練にさらされます。ここにフィリップの2歳年下である弟のトーマスが加わりました。トーマスはエール大学を卒業後、米大手タレント事務所のクリエイティヴ・アーティスツ・エージェンシー(CAA)に就職。そこで6年間、業界の重鎮であるブライアン・ウィリアム・ロードCAA最高経営責任者(CEO)兼共同会長の下で働きます。その間、兄の投資にも積極的に関わっていました。

 この弟トーマスの前職が後のコーチューの発展に大きく寄与します。ヘッジファンドは、よほど運用成績が良くなければ資金調達に苦労しますので、ヘッジファンドへの投資を手掛ける年金の運用担当者や機関投資家などと親しくなっておく必要があります。また、コーチューは後にチェイス・コールマンのタイガー・グローバルと同じく、未公開企業への投資にも大きく踏み出しますが、その際に未公開企業の経営者たちと親密になっておく必要もありました。このときにトーマスが前職で一緒に仕事をしていた数多くの芸能人やスポーツ選手といった有名人を彼らに紹介することが大きな武器となりました。(敬称略、後編につづく)

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。