D1キャピタルのサンドハイム(前編)―デリバティブを奏でる男たち【31】―

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◆タイガー・グランドカブ(孫トラ)


今回は、前回に取り上げたオーレ・アンドレアス・ハルボーセンが率いるバイキング・グローバル・インベスターズからスピンオフ(特定の事業部門を新会社として分離・独立させること)したD1キャピタル・パートナーズのサンドハイムに注目します。バイキングについては、第2回で取り上げたジュリアン・ロバートソン率いるタイガー・マネジメント出身であることから「タイガー・カブ(子トラ)」などと呼ばれ、ノルウェーでは「タイガーボーイ」の異名を取ることは前回に触れました。そこから派生したD1キャピタルはタイガー・カブの子供、つまり「タイガー・グランドカブ(孫トラ)」などとも称されています。

▼タイガー・マネジメントのジュリアン・ロバートソン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【2】
https://fu.minkabu.jp/column/945


▼タイガー・マネジメントのジュリアン・ロバートソン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【2】
https://fu.minkabu.jp/column/955


 こうしたタイガー・カブやタイガー・グランドカブの数は200社を超えているといわれ、資金運用の世界において一大勢力となっています。もちろん、それぞれの投資戦略に基づいて運用は独立して行われているはずですが、出自が同じだけにどうしても似たような運用スタイルとなり、投資対象も類似した銘柄に偏るようです。

 2020年のパンデミック発生以降のコロナ・バブル相場においては、バリュエーションが高い米国の成長株に彼らの資金が集中したと言われています。しかし、コロナによるサプライチェーンの混乱や景気対策、あるいは地政学的リスクなどにより物価が高騰してきたため、米連邦準備制度理事会(FRB)が金融緩和政策の見直しを始めると、これら成長株は値下がりを始めます。金融政策が引き締めに傾くと、下落は一段と激しくなり、彼らの成績不振が報じられるようになりました。

 なかでも第20回で取り上げたチェイス・コールマン氏率いるタイガー・グローバル・マネジメントは運用成績の悪化が止まらず、2022年1-5月期の運用成績は約52%のマイナスにまで落ち込んだ、と報じられています。タイガー・グローバルは上場株以外に未上場株への投資も盛んに行っていることは以前に指摘しましたが、今回の急落で未上場株投資のウェートが高まってしまったとみられます。このため顧客に対して解約する場合、すぐに換金することが難しい未上場株投資の部分については後日に償還する別口座に移すとしました。一方、管理手数料を1.5%から1.0%に引き下げるといった対応で顧客の不満を和らげようとしています。

2021年3月末現在で340億ドルを運用していたD1キャピタルも、他のタイガー・カブと同様に米成長株への集中投資を行っており、同じ時期の運用成績は約マイナス22.5%と厳しい結果となりました。

▼タイガー・グローバルのチェイス・コールマン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【20】
https://fu.minkabu.jp/column/1034


▼タイガー・グローバルのチェイス・コールマン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【20】
https://fu.minkabu.jp/column/1305


2022年にD1が保有比率を削減した米成長株

※:日次、いずれもNY市場の価格 単位ドル、Dローカルは2021年6月に上場

 

◆生い立ちとバイキングでの活躍


 D1キャピタル・パートナーズの創業者、ダニエル・S・サンドハイムは雑誌フォーブスによると2022年6月現在45歳とのことですから、1977年前後に生まれたと考えられます。米ニュージャージー州トムズリバーの高校を卒業した後、ペンシルベニア大学のウォートンスクールで経済学を学びました。ということは、第7回で取り上げたポイント72アセットを率いるスティーブン・A・コーエンや第10回で取り上げたオークツリー・キャピタルを率いるハワード・マークスの後輩にあたることになります。

▼ポイント72アセットのスティーブン・A・コーエン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【7】
https://fu.minkabu.jp/column/1059


▼ポイント72アセットのスティーブン・A・コーエン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【7】
https://fu.minkabu.jp/column/1067


▼オークツリー・キャピタルのハワード・マークス(前編)―デリバティブを奏でる男たち【10】
https://fu.minkabu.jp/column/1108


▼オークツリー・キャピタルのハワード・マークス(後編)―デリバティブを奏でる男たち【10】
https://fu.minkabu.jp/column/1117


 サンドハイムは大学を卒業後、米名門投資銀行ベア・スターンズの商業銀行グループでプライベート・エクイティの調査と投資に携わります。そして、2002年に金融サービスセクターのアナリストとしてバイキングに入社しました。2006年には上場して間もない米クレジットカード会社のマスターカード<MA>に約20億ドルも投資し、その後の大幅な値上がりを享受します。

マスターカードの株価は上場後および2年で約6倍へ
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フェイスブック(現メタ・プラットフォームズ)の株価は2013年後半から右肩上がり

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 2010年にはバイキングの共同創業者であるデビッド・クリストファー・オットの代わりに最高投資責任者(CIO)に就任しました。また、2013年後半から前年に上場したばかりのフェイスブック(現在のメタ・プラットフォームズ<META>)に投資。その後に株価は大きく値上がりします。こうした功績が認められて、サンドハイムはバイキングの運用資産の半分近くを任されていました。

 

◆熱心な美術コレクター


 サンドハイムの運用成績が優れていたことは間違いありませんが、彼がバイキング内で出世した背景には、バイキングの共同創業者であるハルボーセンと同じ趣味があったことも影響しているかもしれません。それは二人とも熱心な美術コレクターだということです。

 ハルボーセンは公表していませんが、母国ノルウェーを代表する画家、エドヴァルド・ムンクの世界最高級コレクションを構築しているほか、ムンクに影響を与えたフランスの画家、ポール・ゴーギャンの素晴らしいコレクションを持っていると言われています。加えて、現代美術の作品も集めているとのことです。

 一方、サンドハイムは、米ポップアートの旗手であるアンディ・ウォーホル、ウォーホルから影響を受けた現代表現主義のジャン=ミシェル・バスキア、ニューヨーク派といわれる前衛芸術のウィレム・デ・クーニング、そして抽象表現作家のサイ・トゥオンブリーなど、アメリカを代表する現代美術コレクションを数億ドル相当も所有していると報じられています。

 ヘッジファンドの創業者には、第7回で取り上げたポイント72アセットを率いるスティーブン・A・コーエン、第8回で取り上げたシタデルLLCを率いるケネス・コーデレ・グリフィンなどのように美術信奉者が多く、第11回で取り上げたダブルライン・キャピタルを率いるジェフリー・ガンドラックに至っては、保有しているコレクションのモチーフをそのまま社名にしたくらいです。このようにハルボーセンと同じ趣味を持つサンドハイムでしたが、2017年にバイキングCIOの地位を捨て、自分のファンドを立ち上げることになりました。(敬称略、後編につづく

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。