デリバティブを奏でる男たち【53】 ローン・パインのスティーブ・マンデル(前編)

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◆タイガー・カブ受難の2022年


 今回はタイガー・カブ(子トラ)の一人、スティーブン・フランク・マンデル・ジュニア(通称スティーブ・マンデル)のローン・パイン・キャピタルを取り上げます。

 第2回で取り上げたジュリアン・ハート・ロバートソン・ジュニア(1933-2022)が率いたタイガー・マネジメント出身のヘッジファンド運用者を「タイガー・カブ」といいます。第1回で取り上げたアルケゴス・キャピタルマネジメントのビル・フアンのほか、第20回で取り上げたタイガー・グローバル・マネジメントのチェイス・コールマン、第29回で取り上げたマーベリック・キャピタルのリー・エインズリー、第30回で取り上げたバイキング・グローバル・インベスターズのハルボーセンなど、その数は200人を超えているようです。加えて、そのタイガー・カブ出身のヘッジファンド運用者をタイガー・グランドカブ(孫トラ)といい、本コラムでも過去に何名か取り上げています。

▼タイガー・マネジメントのジュリアン・ロバートソン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【2】
https://fu.minkabu.jp/column/945

▼タイガー・マネジメントのジュリアン・ロバートソン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【2】
https://fu.minkabu.jp/column/955

▼アルケゴス・キャピタルのビル・フアン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【1】
https://fu.minkabu.jp/column/926

▼アルケゴス・キャピタルのビル・フアン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【1】
https://fu.minkabu.jp/column/932

▼タイガー・グローバルのチェイス・コールマン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【20】
https://fu.minkabu.jp/column/1304

▼タイガー・グローバルのチェイス・コールマン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【20】
https://fu.minkabu.jp/column/1305

▼リー・エインズリー(前編)―デリバティブを奏でる男たち【29】
https://fu.minkabu.jp/column/1465

▼リー・エインズリー(後編)―デリバティブを奏でる男たち【29】
https://fu.minkabu.jp/column/1474

▼バイキング・グローバルのハルボーセン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【30】
https://fu.minkabu.jp/column/1486

▼バイキング・グローバルのハルボーセン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【30】
https://fu.minkabu.jp/column/1495

 そんな彼らは師匠であるロバートソン譲りの運用スタイルで高い収益を上げますが、成績が悪いとなれば揃って厳しい結果に陥る傾向があるようです。特に師匠が他界した2022年は受難の年でした。英フィナンシャル・タイムズによると2022年5月時点で、タイガー・グローバルは既に170億ドルの損失を出したと報じており、最終的に主力ヘッジファンドで56%、ロング・オンリーファンドで67%の運用資産を失いました。エドモンド・ドゥ・ロスチャイルド・グループが運営するファンド・オブ・ファンズのLCHインベストメントが毎年公表する主要ヘッジファンド利益ランキング2022では、バイキング・グローバルが3億ドルの損失に見舞われたようです。同ランキングで、スティーブ・マンデルのローン・パインは2019年に2位、2020年に3位という高い成績を誇りましたが、2022年は11億ドル近くの損失を被ったようです。
 
2018~2022年利益トップ15の主要ヘッジファンド(単位は10億ドル)
  2018年の利益 2019年の利益 2020年の利益 2021年の利益 2022年の利益
1 ブリッジウォーター 8.1 TCI 8.4 タイガー・グローバル 10.4 TCI 9.5 シタデル 16.0
2 ルネサンス 4.7 ローン・パイン 7.3 ミレニアム 10.2 シタデル 8.2 DEショー 8.2
3 ツーシグマ 3.2 ルネサンス 5.6 ローン・パイン 9.1 DEショー 6.4 ミレニアム 8.0
4 シタデル 2.1 エガートン 5.0 バイキング 7.0 ミレニアム 6.4 ブリッジウォーター 6.2
5 DEショー 2.0 シタデル 4.9 シタデル 6.2 エリオット 6.0 ブレバン・ハワード 5.1
6 ミレニアム 1.8 バイキング 4.3 DEショー 5.4 ブリッジウォーター 5.7 エリオット 2.8
7 ファラロン 1.3 ファラロン 3.7 エリオット 5.0 バウポスト 3.4 SAC/ポイント72 2.4
8 ブレバン・ハワード 0.9 ミレニアム 3.4 TCI 4.2 ファラロン 3.3 キャクストン 2.1
9 エリオット 0.8 エリオット 3.2 エガートン 3.7 サード・ポイント 3.3 アパルーサ 1.6
10 バウポスト 0.4 DEショー 2.8 ブレバン・ハワード 3.0 エガートン 3.1 ファラロン 0.5
11 オクジフ/スカルプター 0.2 バウポスト 2.4 ファラロン 2.9 デービッド・ケンプナー 2.4 デービッド・ケンプナー -0.4
12 キャクストン 0.2 SAC/ポイント72 2.3 SAC/ポイント72 2.5 アパルーサ 2.1 バウポスト -1.5
13 SAC/ポイント72 0.0 アパルーサ 1.5 オクジフ/スカルプター 2.3 オクジフ/スカルプター 1.9 オクジフ/スカルプター -1.8
14 ムーアキャピタル -0.1 オクジフ/スカルプター 1.3 アパルーサ 1.9 キングストリート 1.8 バイキング -3.0
15 キングストリート -0.1 ポールソン 1.1 キングストリート 1.6 SAC/ポイント72 1.7 エガートン -4.1
  全社 -41.0 全社 178.0 全社 127.0 全社 176.0 全社 -208.0
出所:各種報道
 

◆マンデルの経歴


 1956年生まれのスティーブ・マンデルは、米コネチカット州で育ち、小中高一貫教育のフィリップス・エクセター・アカデミーを1974年に卒業しました。同校の卒業生には、第26回で取り上げたファラロン・キャピタル・マネジメントのトーマス・ファール・ステイヤー(トム・ステイヤー)のほか、フェイスブック(現在のメタ・プラットフォームズ)の共同創業者で会長兼CEO(最高経営責任者)のマーク・エリオット・ザッカーバーグなどがいます。その後、マンデルはダートマス大学で政治学を専攻し、ハーバード大学でMBA(経営学修士号)を取得しました。

▼ファラロン・キャピタルのトム・ステイヤー(前編)―デリバティブを奏でる男たち【26】
https://fu.minkabu.jp/column/1408

▼ファラロン・キャピタルのトム・ステイヤー(後編)―デリバティブを奏でる男たち【26】
https://fu.minkabu.jp/column/1421

 マンデルは1982年に仏系経営コンサルティング会社、マース・アンド・コーに就職します。シニアコンサルタントとして2年間勤めた後は、米投資銀行ゴールドマン・サックス・グループ<GS>で金融業界のキャリアをスタート。消費・小売のアナリストとして6年間働きました。1990年に消費アナリストとしてタイガー・マネジメントへ移籍。最終的にはマネージング・ディレクターになります。

 彼はタイガー・マネジメントがピークを迎える前年の1997年に独立し、ローン・パイン・キャピタルを設立しました。ローン・パインとは一本松という意味ですが、1887年の落雷を生き延びた母校ダートマス大学の松の木に因んで名付けられました。まるで2011年の東日本大震災の際、津波に耐えた岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」を彷彿させるような逸話です。
 

◆高い運用成績


 マンデルの運用スタイルは、他のタイガー・カブと同様、世界中の上場株式を使ったロング・ショート戦略を基本にする師匠譲りのスタイルです。ファンダメンタルズ分析によるボトムアップで銘柄を選択しながらポートフォリオを構築。バリュー株投資とグロース株投資の両方を使い分けるといった点は新たな手法ですが、投資対象を数十銘柄に限定する集中投資は、紛れもなくタイガー・スタイルです。このようなマンデルの投資の中で大ヒットをもたらしたのは、非常に早い段階でグーグル(現在のアルファベット<GOOGL>)に投資していたことでした。ローン・パインは2005年に約30%もの高い収益率を叩き出しますが、これはグーグルの3番目の株主であったことも一因である、との見方が報じられていました。

アルファベットA<GOOGL> 月足
アルファベットA<GOOGL> 月足

 ローン・パインは2012年に46億ドルを稼ぎ、LCHインベストメントの主要ヘッジファンド利益ランキングではトップにもなります。同年に米経済誌フォーブスはマンデルを、最も収益を稼いだ40人のヘッジファンド・マネージャーの一人としました。そして、2013年には25人の一人、2018年には15人の一人としてピックアップしています。しかし、2019年にマンデルはトップの座を引退。マネージング・ディレクターとしてローン・パインに残るものの、デビッド・クレーバー、ケリー・グラナット、マラ・ゴパル・ガオンカーの3人を共同経営者に据えました。(敬称略、後編につづく)
 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。