デリバティブを奏でる男たち【65】 ジェームズ・スミスのパリサー・キャピタル(後編)

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 今回は、東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランド(OLC) <4661> [東証P]の筆頭株主であり、OLC株を19%も保有する京成電鉄 <9009> [東証P]に対して、保有株式を順次売却するよう提案したアクティビスト・ファンド、パリサー・キャピタルを取り上げています。

 2023年10月31日、京成電鉄は提案の公表から初めてOLC株について継続する方針を表明し、この提案を拒否しています。設立当初の運用資産が7.5億ドルで始まったとみられるパリサーは2021年に創設されたまだ新しいヘッジファンドですので、それだけを聞くとパリサーの創設者兼最高投資責任者であるジェームズ・ニコラス・バリー・スミス(通称ジェームズ・スミス)が新参者として受け止められたことも拒否の背景にあるのでは、と思われるかもしれません。

 しかし彼は、第27回で取り上げましたポール・エリオット・シンガーが率いるエリオット・マネジメント・コーポレーションの出身です。エリオット・マネジメントは、LCHインベストメンツによるヘッジファンド収益ランキングにおいて、2018年と2019年に9位、2020年に7位、そして2021年5位、2022年6位と、近年はランキング上位を維持する世界的な大手ヘッジファンドの一つに数えられます。

 エリオット・マネジメントの創設者であるポール・エリオット・シンガー(通称ポール・シンガー)は、以前はニューヨークの法律事務所で働き、投資銀行ドナルドソン・ラフキン・アンド・ジェンレット(DLJ、2000年にクレディ・スイスが買収)の不動産部門で弁護士を務めていた経歴を持ちます。そのため、エリオット・マネジメントは強力な法的解決能力を武器として、投資対象の株式を発行する上場企業のみならず、国債を発行する様々な国を相手に渡り合うなど、最強のアクティビスト・ファンドとして恐れられています。詳しくは、以下をご参照ください。

▼エリオットのポール・シンガー(前編)―デリバティブを奏でる男たち【27】
https://fu.minkabu.jp/column/1431

 日本においても2023年1月に、エリオットが大日本印刷 <7912> [東証P]の株式を5%弱取得したと英フィナンシャル・タイムズ紙が報じたことで、同社株が急伸したことは記憶に新しいところです。その約1カ月半後に大日本印刷は発行済み株式数の15%に相当する自社株買いを発表。加えて、ROE(自己資本利益率)10%、政策保有株式を純資産の10%未満に縮減、PBR(株価純資産倍率)1.0倍の早期達成を目指す、といった中期経営計画も公表し、株価は更に上昇しました。

大日本印刷<7912> 週足


 1976年生まれのジェームズ・スミスは、このアクティビスト・ファンドに20年以上も在籍していました。最終的には香港のマネージング・ディレクターとしてアジア株責任者を担当しました。在籍当時は韓国の二大財閥であるサムスングループと現代自動車グループとの委任状争奪戦(プロキシー・ファイト)を主導したほか、世界最大の鉱山会社であるオーストラリア・英系のBHPビリトンに対して構造改革を要求していました。
 

◆サムスンとの熾烈な争い


 特に、サムスングループとの対決は激しかったようです。2015年にサムスングループの事実上の持ち株会社であった第一毛織は、グループ会社で他のサムスングループ上場企業の株式を約120億ドルも保有するサムスン物産の吸収合併を発表しました。その際の合併比率は第一毛織1株に対してサムスン物産0.35株となっており、当時にサムスン物産株を7.1%保有して第3位の株主になっていたエリオットは、評価が著しく低いと声を上げ、合併阻止に向けて法的措置を取ります。

 このときのサムスン物産の筆頭株主は韓国保健福祉省傘下の国民年金管理公団でしたが、公団の諮問機関である議決権行使助言会社ISS(Institutional Shareholder Services)も、合併比率は1対0.35ではなく1対1.21と試算して、公団側に反対するよう提言します。ところが、公団は外部の専門家委員会に相談することなく賛成を決定。株主投票では辛くも3分の2の支持を得て合併は成立しました。

 しかし、それから約1年半後に当時の保健福祉相が逮捕されます。その容疑とは、サムスン物産と第一毛織の合併に賛成するよう公団側に不当な圧力を加えたというもの。それは韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領からの圧力でもあり、朴大統領の親友であるムーダン(霊媒師)の崔順実(チェ・スンシル)がサムスングループから資金支援を受けていたことが背景にある、との見方が浮上しました。これを受けて2018年にエリオットは、同合併をめぐって韓国政府の不当な介入があったとし、韓国政府を相手取り損害賠償額7.7億ドルを求めて国際裁判を起こします。そして、2023年に仲介役の国際裁判所は、韓国政府に対して総額1300億ウォンの支払いを命じました。賠償額は690億ウォンとエリオット側が要求する賠償額の約7%程度でしたが、遅延損害金と訴訟費用を上乗せしたとのことです。

 

◆ジェームズ・スミスの独立


 もっとも、対決を主導したジェームズ・スミスは判決を待たずに、2019年にエリオットを退社。エリオットの元同僚3人とともにパリサー・キャピタルを立ち上げます。その名前の由来は分かりませんが、恐らくは同社の所在地が英ロンドン中央のマーグラパイン墓地に面したパリサーロードの突き当たりだから、ということではないでしょうか。こうした所在地を社名にするファンドはいくつか存在しており、代表的なところでは第7回で取り上げたポイント72アセット・マネジメントや第17回で取り上げたパーシング・スクエア・キャピタル・マネジメントなどが挙げられます。

▼ポイント72アセットのスティーブン・A・コーエン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【7】
https://fu.minkabu.jp/column/1059

▼パーシング・スクエアのビル・アックマン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【17】
https://fu.minkabu.jp/column/1236

 パリサー・キャピタルはホームページにおいて、自らをアジアとヨーロッパに重点を置いたグローバルなマルチ戦略ファンドとしており、バリュー指向の投資哲学は、資本構造全体にわたる幅広い機会に適用され、過小評価につながる複雑さや困難さは、労力を要するプロセスや独自の触媒を通じて収益化が可能だ、と考えているようです。その労力を要するプロセスや独自の触媒とは、アクティビスト活動のことなのでしょう。

 パリサーは、2020年に投資先であるスコットランドの石油・ガス生産会社カプリコーン・エナジー(旧ケアン・エナジー)が発表した、英国大手石油・ガス探査会社タローオイルとの合併に反対しました。この合併は2022年に成立しますが、その後に撤回。今度はイスラエルとエジプトに拠点 を置くガス生産会社、ニューメッド・エナジーとの合併計画を発表します。パリサーはこれにも反対し、アクティビスト活動やプロキシー・ファイトを通じて、カプリコーンの会長と最高経営責任者(CEO)を含む現取締役7名を解任し、後任候補者6名を任命するといった厳しい経営改革を実施しました。そして、2024年春までに約5.75億ドルの株主還元を発表させています。

 場合によっては、このような戦略も辞さないところは、最強のアクティビストと恐れられたポール・シンガーのエリオット出身だからなのでしょうか。提案を拒否した京成電鉄に対してその手腕をどのように発揮していくのか、今後の展開が見逃せません。(敬称略)

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。