[Vol.1770] 「顧客本位の業務運営」と「怖い」の関係

著者:吉田 哲
ブックマーク
原油反発。米主要株価指数の反発などで。79.82ドル/バレル近辺で推移。

金反発。ドル指数の反落などで。2,480.00ドル/トロイオンス近辺で推移。

上海ゴム(上海期貨交易所)反発。24年09月限は14,520元/トン付近で推移。

上海原油(上海国際能源取引中心)反落。24年09月限は606.6元/バレル付近で推移。

金・プラチナの価格差、ドル建てで1449.2ドル(前日比7.10ドル縮小)、円建てで7,390円(前日比58円縮小)。価格の関係はともに金>プラチナ。

国内市場は以下のとおり。(7月17日 17時30分時点 6番限)
12,519円/g
白金 5,129円/g
ゴム 320.0円/kg
とうもろこし (まだ出来ず)
LNG 6,300.0円/mmBtu(22年10月限 22年8月5日午前10時35分時点)

●NY金先物(期近) 日足  単位:ドル/トロイオンス
NY金先物(期近) 日足  単位:ドル/トロイオンス
出所:MarketSpeedⅡより筆者作成

●本日のグラフ「『顧客本位の業務運営』と『怖い』」の関係
前回は、「脅して、すかして、なだめる悪質な営業」として、商品先物市場の意義を確認しました。

今回は、「『顧客本位の業務運営』と『怖い』」の関係として、フィデューシャリー・デューティーと「有事の金(ゴールド)」を確認します。

人という生き物は、恐怖を感じると、思考が萎縮し、冷静な判断ができなくなります。まれに恐怖を感じていても冷静に判断できる人もいますが、多くはそうではありません(筆者も多くの中の一人です)。思考が萎縮している状態とは、視野狭窄(きょうさく)に陥り、0か1かで判断をしようとしている状態です。

0か1、それは例えば、正義か悪か、好きか嫌いか、肯定か否定か、ありかなしかなどの、いわゆるゼロイチ思考です。これらを基に考えれば、脅して怖がらせることは、意図的に相手をゼロイチ思考に追い込み、極めて少ない選択肢で判断をさせる行為だと言えるでしょう。(すかし、なだめるは、相手の行為の方向性を、売買や入金に仕向けるための動作でしょう)

「清水の舞台から飛び降りる」のような、覚悟を決めたり、重要な決断をしたりすることもゼロイチ思考に見えますが、積み上げた思考の上で起きている場合は、視野狭窄に陥っているとは言えません。

脅されて恐怖を感じ、ゼロイチ思考に追い込まれた相手は、多くの場合、目の前の二つの選択肢のうち(往々にして二つとも痛みを伴う)、痛みが少ない方、早く痛みから解放される方を選択します。第三の選択肢を模索する思考を奪われたことに気が付かず、こうした選択をしてしまうのです。

このような、人という生き物の性質を逆手に取った営業は世の中に数多く存在します。近年、特に目にするようになった「あおり」も、その手の一つです。あおられた相手は、視野狭窄に陥り(恐怖を感じるときと同様)、ゼロイチ思考で判断してしまいます。

動画サイトでの過剰な演出をしたサムネイル画像や、ニュースサイトで閲覧を誘う過激なタイトルは、クリックをさせるあおりの一種です。あおられてこれらに集中した相手(閲覧者)は、無意識にクリックするかしないかというゼロイチ思考に陥り、快楽を享受できると判断し、クリックしてしまいます。

恐怖や快楽が支配的になると、人はゼロイチ思考に陥り、安易な選択をしたり、第三の選択肢を模索することを停止したりします。投資の世界でも、こうしたことが起きているのではないかと、考えさせられる機会がしばしばあります。

日本では、バブル崩壊以降、不良債権処理や自己資本規制比率などへの対応が行われた際、金融機関が内向きになったといわれています。

その結果、例えば投資信託の販売において、販売手数料の高い商品を勧めたり、自社グループの商品を勧めたりすることが横行しました。こうしたことを一因として、金融庁は2017年3月30日に「顧客本位の業務運営に関する原則」を公表しました。

この原則は、経済の持続的な成長や国民の安定的な資産形成を図るため、「金融商品の販売、助言、商品開発、資産管理、運用等に携わる全ての金融機関」は、それぞれの役割を認識し、顧客の利益を一番に考えた業務運営に努めることが重要である、との考え方に基づいて定められています。

「信託契約などに基づく受託者が負うべき義務」を指す考え方であるフィデューシャリー・デューティー(Fiduciary duty)は、上記の背景を経た日本の金融業において、顧客の信認に応えるために金融事業者が担うべきさまざまな役割・責任を総称する、「顧客本位の業務運営」の意味で用いられています。

顧客本位の業務運営に、先述の「脅して、すかして、なだめる」が当てはまるはずはありません。つまり、意図的に相手に恐怖を与えて冷静な思考を奪い、安易な選択をさせ、売買や入金をうながすことなど、現在の金融業界ではあってはならないのです。

ここで出てくるテーマが、「有事の金(ゴールド)」です。有事は近年、戦争だけでなく、大規模な金融危機、長期化する高インフレ、世界分断、異常気象、株価大暴落など、「人々に恐怖を与える事象全般」を指すようになりました。

このため現在は「恐怖=金(ゴールド)価格上昇」という連想が働きやすい地合いにあると言えます(連想が働きやすいと述べているのであり、恐怖が広がると金価格が上がると述べているのではありません)。

この連想を逆手に取り、有事が勃発したことを広く知らしめて恐怖をあおり、投資家の冷静な思考を奪い、1970年代後半の事例を押しつけて金(ゴールド)を買わせよう、という発想に至る情報の発信者や営業マンが少なからず存在します。

この場合の有事が、高インフレでも、異常気象でも、株価大暴落でも、情報の受け手が「恐怖」を感じるものであれば、この発想は成り立ちます。必ずしも有事が戦争である必要はありません。

このような情報発信や営業行為と、数十年前の商品先物の営業マンの話術は、何が違うのでしょうか(本質的には何も違わない)。

「有事の金(ゴールド)」のように恐怖に関わるキーワードだけでなく、リスクがない印象を植え付ける「安全資産」もグレーであると、筆者は考えます。

図:フィデューシャリー・デューティーと「有事の金(ゴールド)」
図:フィデューシャリー・デューティーと「有事の金(ゴールド)」
出所:筆者作成

 

このコラムの著者

吉田 哲(ヨシダ サトル)

楽天証券経済研究所 コモディティアナリスト
1977年生まれ。2000年、新卒で商品先物会社に入社。2007年よりネット専業の商品先物会社でコモディティアナリストとして情報配信を開始。2014年7月に楽天証券に入社。2015年2月より現職。“過去の常識にとらわれない解説”をモットーとし、テレビ、新聞、雑誌などで幅広く、情報配信を行っている。2020年10月、生涯学習を体現すべく、慶應義塾大学文学部第1類(通信教育課程)に入学。