デリバティブを奏でる男たち【99】 金融危機で150億ドルを稼いだポールソン(前編)

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 今回取り上げるジョン・アルフレッド・ポールソン(John Alfred Paulson)は、2007年のサブプライム住宅ローン危機で巨額の利益を上げたことで知られる投資家です。彼はポールソン&カンパニーを創設し、一時はヘッジファンド業界の頂点に立ちました。2024年の米国大統領選では、ドナルド・ジョン・トランプ(Donald John Trump)候補の主要な資金調達者の一人としても注目され、財務長官候補に名前が挙がりました。しかし、複雑な財務上の義務を理由に辞退し、最終的にそのポジションには第93回で取り上げた米マクロ投資会社キースクエア・グループの創設者、スコット・ケネス・ホーマー・ベッセント(Scott Kenneth Homer Bessent)が就任しました。

▼キースクエアのスコット・ベッセント(前編)―デリバティブを奏でる男たち【93】
https://fu.minkabu.jp/column/2563

 

◆大学も大学院も首席で卒業

 

 ポールソンは1955年、ニューヨーク州に生まれました。幼い頃から商才を発揮し、6歳のときにはユダヤ人の外祖父からもらったキャンディーを幼稚園でばら売りすることで初めてのビジネスを経験しました。中学時代には、才能のある生徒向けのプログラムに参加し、数学や文学など高校レベルの学習に取り組みながら、すでに株式投資にも挑戦しています。このときの投資方針は、今が年間最安値であり、年間最高値まで上昇すると期待できる銘柄に狙いを定めることでした。コングロマリットのリング・テムコ・ヴォート(LTV)株を3ドル(このときの年間最高値は66ドル)で購入しましたが、同社は連邦破産法第11条(チャプター11)の適用を申請し、子会社の売却を余儀なくされます。その際にLTVの株主はLTVエアロスペースのワラント(新株引受権)を受け取りました。数年後にこれが1万8000ドルに化けます。この経験を通して、彼は破綻企業から利益を得る手法とワラントについて学びました。

 1973年、ポールソンはニューヨーク大学に入学します。芸術好きの母親を喜ばせようと創作文学や映画制作、哲学のコースを受講しますが、興味を失い休学してしまいます。エクアドルで叔父のマンション開発プロジェクトを手伝うようになりますが、何かと窮屈だったことから抜け出し、エクアドル製の子供服の販売を始めました。これをブルーミングデールズなどの米高級百貨店に売り込むことに成功しますが、大量注文をこなすことができずに破綻してしまいます。その後、フローリング材の輸出ビジネスを手掛けるものの、学歴の重要性を痛感し、2年近くのブランクを経て大学に復学しました。彼は遅れを取り戻すための猛勉強の末、ニューヨーク大学を首席で卒業します。

 投資銀行業界に興味を持ったのは、米名門投資銀行ゴールドマン・サックス・グループ<GS>会長であるジョン・カニンガム・ホワイトヘッド(John Cunningham Whitehead 1922 – 2015:後にレーガン政権で国務副長官に就任)の投資銀行セミナーを受講したことがきっかけでした。なかでも、M&A(企業の合併・買収)を利用した投資戦略を語るリスク・アービトラージ(上場企業間のM&Aに伴う裁定取引)部門の元部長、ロバート・ルービン(後のクリントン政権財務長官)の講義に感銘を受け、ゴールドマンのリスク・アービトラージ部門で働くことを目指します。

 ちなみに第26回で取り上げたファラロン・キャピタル・マネジメントの創設者、トーマス・ファール・ステイヤー(Thomas Fahr Steyer)は、リスク・アービトラージ部門でルービンの下で働いていました。リスク・アービトラージについては、以下で簡単に説明しておりますので、ご参照ください。また第32回で取り上げたオクジフ・キャピタル・マネジメント(現在のスカルプター・キャピタル・マネジメント)の創設者、ダニエル・オク(Daniel Och)もリスク・アービトラージ部門でルービンの下で働いていました。スカルプターは2023年に第67回で取り上げたマイケル・B・ニーレンバーグ(Michael B Nierenberg)が率いるリズム・キャピタルに買収されています。

▼ファラロン・キャピタルのトム・ステイヤー(前編)―デリバティブを奏でる男たち【26】
https://fu.minkabu.jp/column/1408

▼オクジフ改めスカルプター・キャピタル(前編)―デリバティブを奏でる男たち【32】
https://fu.minkabu.jp/column/1524

▼ニーレンバーグのリズム・キャピタル(前編)―デリバティブを奏でる男たち【67】
https://fu.minkabu.jp/column/2131

 ゴールドマン・サックスのリスク・アービトラージ部門で働くためにはM&Aで成功し、実力があることを示す必要がありました。M&Aを手掛けるにはMBA(Master of Business Administration、経営学修士号)が欠かせないことから、ニューヨーク大学を卒業した後は、ハーバード大学ビジネススクールに進学します。そこでも成績優秀者に与えられる奨学金を得て、首席で卒業を果たします。

 しかし卒業前に、ジェローム・シュピーゲル・コールバーグ・ジュニア(Jerome Spiegel Kohlberg, Jr. 1925-2015)の講義を聞いて圧倒されます。彼は第61回で取り上げたプライベート・エクイティおよびLBO(Leveraged buyout、レバレッジを効かせた企業買収)業界のパイオニアといわれるKKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)<KKR>の創設者の一人でした。講義でコールバーグはLBOの仕組みを詳しく解説した後、KKRが新株発行で得た50万ドルを担保にして、3400万ドルの企業を買収した事例を紹介しました。買収資金の2000万ドルは銀行融資、1400万ドルは金利16%の劣後債で調達したことから、レバレッジは68倍になります。この投資から2年後に1700万ドルの利益を得たそうです。単純に平均すると年間投資収益率は17倍(=1700万ドル/50万ドル/2年間)でした。この講義以降、ポールソンが目指す場はLBO投資を行うヘッジファンドに変わっていったとみられます。

▼コールバーグのKKR(前編)―デリバティブを奏でる男たち【61】
https://fu.minkabu.jp/column/2038

(敬称略、中編につづく)

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。