ルネサンス・テクノロジーズのジム・シモンズ(前編)―デリバティブを奏でる男たち【24】―

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◆クオンツ系ヘッジファンドの巨人


 前回は、LCHインベストメンツによるヘッジファンド収益ランキング2018年において、全体の運用成績がマイナス410億ドルと厳しかったにもかかわらず、第3位の運用成績を誇ったクオンツ系ヘッジファンド、ツーシグマ・インベストメントを取り上げました。今回はツーシグマや第22回に取り上げたD.E.ショーと並び称されるクオンツ系ヘッジファンドの巨人、ルネサンス・テクノロジーズのジム・シモンズを取り上げます。

 前回も触れた通りクオンツとは、企業業績や財務などのミクロ・データや経済指標などのマクロ・データ、あるいは株価や金利、為替などの値動きといったマーケット・データを数学的な手法で解析し、バリュエーション評価や市場価格の変動予測などに利用する手法、もしくはそのような方法を用いる業界関係者や関連部署を指します。

 レンテック(RenTech、Renaissance Technologiesの略称)などとも呼ばれているルネサンスは、2021年9月現在の運用資産が1308億ドルと、ツーシグマやD.E.ショーの2倍以上の規模を誇っています。ツーシグマと同様に2020年や2021年の運用成績は上位にランキングされませんでしたが、2018年は第2位、2019年は第21回で取り上げたクリス・ホーン率いる英系アクティビスト(物言う株主)・ファンド、ザ・チルドレンズ・インベストメント・ファンド・マネジメント(TCI)、タイガー・カブのスティーブ・マンデル率いるローン・パイン・キャピタルに次いで3位にランキングされていました。

2019年利益トップ15のヘッジファンド(単位は10億ドル)
出所:各種報道

▼TCIのクリス・ホーン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【21】
https://fu.minkabu.jp/column/1320

▼TCIのクリス・ホーン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【21】
https://fu.minkabu.jp/column/1321
 

◆数学者ジム・シモンズ


 ルネサンスを創業したジェームズ・ハリス・サイモンズ(通称ジム・シモンズ)はもともと米国の著名な数学者でした。その意味ではツーシグマやD.E.ショーの創業者と同様に学者肌ですが、最初からクオンツ・トレードで上手い具合に収益を膨らませることができたわけでなく、そこまでたどり着くのには数々の紆余曲折がありました。

 1938年に米国のユダヤ人家庭に生まれたシモンズは、子供の頃から数学者か、科学者になりたいと思っていました。その願い通り、彼は1958年にマサチューセッツ工科大学(MIT)で数学の学位を取得し、カリフォルニア大学バークレー校で数学の博士号を取得した後はMITで教職、そしてハーバード大学で研究職に就きます。しかし、学者としての将来が見えてしまったことでシモンズは、もっと刺激的な仕事をして、もっと稼ぎたいという衝動に駆られます。

 1964年に米国の国防分析研究所(Institute for Defense Analyses、IDA)へ転職したシモンズは、国家安全保障局(National Security Agency、NSA)を支援するため、ソ連の暗号検知と解読を担当しました。ここでの暗号解読は一見して無意味なデータの中から、統計解析や確率論などといった数学的な手法を使ってパターンを見出す作業だったそうですが、そのためにアルゴリズム(コンピューターに計算させる一連の手順)を組み立てて検証していたといいます。

 また、こうした作業が株式トレードに活かされるのではないかと考え、密かにトレード会社を職場の仲間と立ち上げようとしました。しかし、すぐに上司に見つかり、この試みは残念ながら途中で頓挫してしまうのですが、その頃からシモンズは、クオンツ・トレードに可能性を見出し、仲間と研究を重ねていたようです。

 しかし、ベトナム戦争が起きたことでIDAに対する世間の風当たりが強くなったため、政府関係者は「戦争好き」ばかりではないと主張すべく、シモンズは戦争に否定的な意見を新聞社に投稿しました。これが運良く掲載され、シモンズは世間から注目を浴びて大満足でしたが、それが元でIDAを解雇されてしまいます。

 IDAを離れたシモンズは、ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校で数学科長に就任します。当時無名だった同校で数学科を立て直すことを学長から依頼され、ヘッドハンター兼マネージャーとしての才能を開花させます。この才能は後にルネサンスにおいても大いに役立ちました。シモンズは優秀な数学者を次々と誘い込み、遂には国内屈指の幾何学研究拠点を築き上げます。その後は幾何学分野の研究を深め、米国数学会の最も栄誉あるオズワルド・ヴェブレン幾何学賞を受賞しました。
 

◆更に刺激を求めて投資の世界へ


 数学の世界でトップクラスに躍り出たシモンズでしたが、次第に投資の世界を征服してみたいという野心が湧き、遂には約束された将来を捨ててトレードの世界に入っていきます。シモンズは1978年に大学を辞め、マネメトリクスというトレード会社を立ち上げました。社名の由来はマネーとエコノメトリクス(計量経済学)の合成語だそうで、これを1982年にルネサンス・テクノロジーズへ変更します。

 シモンズはランダムに動くマーケットに、何かしらのパターンがあるのではないか、という仮説を立て、これを数学的なモデルによって解析し、秩序を見出そうとしました。この作業はIDAで行っていた暗号解読に似ていることから、当時一緒に研究していたIDAのレナード・エサウ・バウムを1979年に引き込みます。彼は後に音声認識の開発を可能にしたバウム・ウェルチ・アルゴリズムを開発した数学者でした。彼の協力によって先物のトレーディング・システムが完成し、マネメトリクスはリムロイ・コロンビアン・ファンドを立ち上げます。

 このシステムが為替取引で上手く機能したことから、トレード対象を債券や商品の先物取引へと拡大させていきました。しかし、同システムによるトレードで様々な問題が出てきたため、シモンズは直観と本能に従う従来型の裁量トレードに変更します。ところが、この裁量トレードでバウムと意見が合わず、1984年に大損したバウムが会社を去ることになりました。

 またシモンズは、以前にストーニーブルック校へ誘い込んだジェームズ・バートン・アックスも1979年にマネメトリクスへ呼び寄せました。彼は1967年に栄誉あるフランク・ネルソン・コール数論部門賞を受賞した著名な数学者です。後にシモンズは自分のヴェブレン賞とアックスのコール賞に因んで、リムロイの代わりに立ち上げたファンドをメダリオンと名付けています。
 

◆過去の値動きから将来を予測するシステム


 アックスは過去の値動きから将来を予測するトレーディング・システムを開発し、シモンズが後にストーニーブルック校から引き抜くことになる数学者ヘンリー・ベン・ラウファーが、コンピューター・シミュレーションで検証を繰り返してシステムの改良を重ねます。同じくこのシステム開発を手助けしていたカルフォルニア大学のルネ・カルモナ教授が1987年に非線形回帰による機械学習の手法を取り入れ、新しい先物のトレーディング・システムが完成しました。これも当初は上手く運用されていましたが、アックスはシステムが導き出した結果を無視して裁量トレードを行うようになり、遂にはバウムと同様に大損をして1989年に会社を去ります。

 シモンズは1988年にIDAで働いていたゲーム理論学者、エルウィン・ラルフ・バーレカンプも引き込み、アックスへの助言をさせていましたが、これをアックスは全く無視していたようです。しかしアックスが会社を去った後、アックスが持っていた会社所有権を買ったバーレカンプがシステム開発を引き継ぎます。

 バーレカンプも過去の値動きから将来を予測するスタイルを踏襲しますが、アックスよりも期間が極めて短く、小さな値動きに着目します。そこで見出した確度の高い様々なマーケットのアノマリー(理論的根拠のないマーケットの経験則)を狙って、小刻みな売買を繰り返すトレーディング・システムをラウファーとともに開発しました。このシステムは非常に上手く機能し、ルネサンスに莫大な収益をもたらしました。

季節性・時期性アノマリーの主な具体例

 ところが今度はシモンズが裁量トレードをするように言い始めたことに嫌気し、バーレカンプはアックスから買った会社所有権をシモンズに売って会社を去ってしまいました。その後も小刻みな売買を繰り返すトレーディング・システムは稼ぎ続けましたが、シモンズは満足しません。当時ライバルだったD.E.ショーに追いつき、追い越せないものかと思案していたからです。そこで、再び新しいトレーディング・システムの開発に乗り出しました。それは一体どのようなシステムなのでしょうか。(敬称略、後編につづく
 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。