◆欧州の老舗ヘッジファンド
今回は、前回に取り上げたバウポスト・グループのセス・クラーマンと同様に、日本ではあまり知られていない英国のヘッジファンド、ジョン・アーミテージ率いるエガートン・キャピタルを取り上げます。2022年7月現在、運用資産がおよそ191億ドルに及ぶ同社について、日本ではほとんど報じられることはありませんが、欧州で最も古いヘッジファンドのひとつに数えられている老舗です。また、LCHインベストメンツによるヘッジファンド収益ランキングにおいて、2019年に4位、2020年に9位、2021年に10位と、他の米系ファンドを凌ぐほどの、高い収益を叩き出しています。
出所:各種報道(再掲)
共同創業者であるジョン・クリストファー・アーミテージ(通称ジョン・アーミテージ)は1959年に英国で生まれました。彼は英保守党の支持者であり、これまで310万ポンド(1ポンド=163円として約5億円)もの献金を行ってきましたが、2016年のブレグジット(英国のEU離脱)議論が高まった際には残留キャンペーンを展開した英労働党の支持に回りました。そして、ブレグジットが決まった後はEU(欧州連合)加盟を続けるアイルランドに国籍を移しています。
ジョン・アーミテージは、ケンブリッジのペンブローク・カレッジで近代史の学位を取得。卒業後の1981年に英国の名門投資銀行、モルガン・グレンフェルに入社しました。モルガン・グレンフェルは元々ジョージ・ピーボディ・アンド・カンパニーという会社(1851年に法人化)でしたが、創業者のジョージ・ピーボディには息子がいなかったため、後継者としてともに運営にあたっていたジュニアス・スペンサー・モルガンを指名しました。ジュニアスは1864年に社名をJSモルガンに変更し、ニューヨークの代理店を息子のジョン・ピアモント・モルガンの名前に因んでJPモルガン(現在のJPモルガン・チェース
アーミテージは、1983年からヨーロッパ大陸の地域を専門とする株式調査とファンド運用を行い、1991年からはモルガン・グレンフェル・アセット・マネジメントの取締役を務めました。また、1988年からはモルガン・グレンフェル・ヨーロピアン・グロース・トラストという投資信託に設立から携わり、当時の欧州ではトップクラスの投資信託へと育てています。
◆エガートン・キャピタルを創設
アーミテージは、このモルガン・グレンフェルでエガートンの共同創業者となるアイルランド系米国人であるウィリアム・ゲスト・ボリンジャー(通称ウィリアム・ボリンジャー)と一緒に働いていました。ちなみに、ウィリアム・ボリンジャーは、テクニカル分析でお馴染みの「ボリンジャーバンド」を提唱したジョン・A・ボリンジャーとは別人です。
ボリンジャーはテキサス大学で経営学の学士号と修士号を取得した後、ゴールドマン・サックス・グループ<GS>で金融のキャリアをスタートさせました。その後、第2回で取り上げたジュリアン・ロバートソンが率いたタイガー・マネジメントでポートフォリオ・マネージャーとして働き、モルガン・グレンフェルに転職します。また、1987年から1992年まで彼自身のヘッジファンドを運営していました。そんなボリンジャーとともにアーミテージは1994年に独立し、エガートン・キャピタルを創設します。
エガートンは、長期的かつリスク調整後の優れたパフォーマンス提供を目的に、企業経営陣とのミーティング、公開されている情報の分析、独自かつ独立した研究を含む厳格な基礎研究プロセスを、投資哲学の中心に据えています。主要な取引先としては基金やファミリーオフィス、財団、ファンド・オブ・ファンズ、富裕層、年金運用機関、政府系ファンドなどが挙げられます。
また、銘柄選択の方針については、リサーチ重視で銘柄をピックアップするといったボトムアップ型アプローチを採用しており、ベンチマーク(株価指数などの基準となる指標)に依存せず、魅力的なバリュエーションで大きな値上がりの可能性を持つ、質の高い企業をターゲットにしています。加えて、流動性リスクを最重要視しており、投資対象は上場している主力の大型株ですが、投資対象地域やセクターは限定せず、地域分散、業種分散を用いてリスク回避を心掛けています。なお、レバレッジはほとんど、もしくは全く使わないとのことです。
このような投資哲学や銘柄選択の方針から、エガートンは典型的なストックピッカー(銘柄選択者)と考えられており、共同設立者であるボリンジャーが以前に勤めていたタイガー・マネジメントのジュリアン・ロバートソンとよく似た考え方を持っていると言えるでしょう。ロバートソンの投資に対する考え方は以下をご参照ください。
▼タイガー・マネジメントのジュリアン・ロバートソン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【2】
https://fu.minkabu.jp/column/945
▼タイガー・マネジメントのジュリアン・ロバートソン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【2】
https://fu.minkabu.jp/column/955
具体的な投資手法としては、主に株式のロング・オンリー(買いのみ)、ならびに株式のロング・ショート(売り買い両方)という2つの戦略を用い、以下の5つのファンドを展開しています。ただ、欧州ではこうした金融商品に対する規制は厳しく、運用会社の負担になっています。
なお、日本でも最近、「重要情報シート」の導入が話題になりました。この「重要情報シート」とは、金融機関が販売する投信などの金融商品について、商品などの内容、リスクと運用実績、費用、換金・解約の条件、利益相反の可能性、租税の概要などを記載した、他の金融商品と比較しやすい書類のことであり、いわば目論見書などの簡略版といったところです。この「重要情報シート」の作成と顧客への配布を、金融庁が積極的に促しています。
この「重要情報シート」は金融事業者編と個別商品編に分かれており、前者は機関投資家向けとして米国の「顧客関係の概要書面(Form CRS、Customer or Client Relationship Summary)」を、後者は個人投資家向けとして欧州の「パッケージ型個人向け投資商品、および保険ベース投資商品の重要情報書類(PRIIPs KID、Key Information Documents For Packaged Retail And Insurance-Based Investment Products)」が参考にされているようです。
ただ、欧州の「PRIIPs KID」については様々な問題点があって、個人投資家をミスリードしてしまう可能性などが関連業者から指摘されており、欧州の投信協会やアナリスト協会などが導入に反対していたのですが、2022年から導入されているようです。これに限らず欧州では他国の先頭に立って厳しい規制が導入される傾向にあり、後のエガートンにも暗い影を落とすことになります。一体どういうことなのでしょうか。(敬称略、後編につづく)