エガートンのジョン・アーミテージ(後編)―デリバティブを奏でる男たち【35】―

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◆規制が多い欧州


 欧州最古のヘッジファンドのひとつと言われる英国のエガートン・キャピタルは、1994年にジョン・クリストファー・アーミテージ(通称ジョン・アーミテージ)とウィリアム・ゲスト・ボリンジャー(同ウィリアム・ボリンジャー)によって創設されました。最古と言うと古びたイメージもありますが、最近でも米系ヘッジファンドをしのぐほどの高い収益を叩き出しています。ただ、資産運用業界に限った話ではありませんが、欧州は世界の先頭に立って各業界で厳しい規制を導入する傾向があり、エガートンも手を焼いているようです。

 例えば「パッケージ型個人向け投資商品、および保険ベース投資商品の重要情報書類(PRIIPs KID、Key Information Documents For Packaged Retail And Insurance-Based Investment Products)」に関する規制は、投資家が投資商品をもっと簡単に比較できるよう、その潜在的なパフォーマンスやコスト、関連するリスクなどを示すことを目的として2018年に導入されました。

 この規制を参考にして日本では、2021年から金融庁が、金融商品について商品などの内容、リスクと運用実績、費用、換金・解約の条件、利益相反の可能性、租税の概要などを記載した、他の金融商品と比較しやすい書類である「重要情報シート」の作成・活用を積極的に推進しています。

 しかし、PRIIPs KIDについては様々な問題が指摘されており、例えば潜在的なパフォーマンスやコストを算出する手法が非常に難解であり、個人投資家の理解を妨げているといった批判がなされてきました。これを受けて欧州金融機関の監督機構(ESAs)から規制改革案RTS(規制技術基準)が提示されましたが、その承認に時間がかかってしまい、新規制の導入が欧州では2022年7月から、英国では2027年からとなっているようです。
 
 このような投資家を保護する規制は以前からも存在しており、また英国では2010年に高額所得者の税率を40%から50%に引き上げたこともあって、その前後に英国から脱出する金融機関や市場関係者が相次いだと言われています。第28回で取り上げた英国のヘッジファンドであるブレバン・ハワードも、2010年に本社をスイスのジュネーブへ移転してしまいました。

▼ブレバン・ハワード(前編)―デリバティブを奏でる男たち【28】
https://fu.minkabu.jp/column/1449

▼ブレバン・ハワード(後編)―デリバティブを奏でる男たち【28】
https://fu.minkabu.jp/column/1455

 だからといってエガートンも英国を飛び出したわけではありませんが、共同創設者であるボリンジャーが飛び出してしまいます。彼はシンガポールで新しいヘッジファンド、ジュディコ・キャピタルを立ち上げるべく、2012年にエガートンを退社しました。規制が厳しく、市場が陳腐化する中、増税まで負わされるような環境から逃れ、規制が緩くて税率も低く、急速に成長しているアジアに注目したためとされています。
 
 もっとも、それが理由であればエガートンを退社せずとも、何とかする方法はあったのではないかと思われます。これらは表向きの解釈であり、他に抜き差しならない事情があったのではないかと推察されますが、詳細は語られていません。ただ、ボリンジャーはエガートンを退社しましたが、エガートンの一部所有権までは完全に手放していないと言われています。
 
 ボリンジャーが退社した翌年の2013年、エガートンは非常に高いパフォーマンスを叩き出し、1億4140万ポンド(当時のポンド円レート、1ポンド≒143円とすれば約202億円)の利益を計上しました。これを12人の経営陣で分けたそうですが、創業者のアーミテージが4670万ポンド(約67億円)、残りを他の11人で分けたと言われています。もしかしたら、この辺りにボリンジャーの退社の理由が隠されているのかもしれません。

 現在もエガートンはアーミテージが仕切っているようですが、彼は最高経営責任者(CEO)ではなく、最高投資責任者(CIO)です。その下に会長としてラルフ・カンザを配置し、投資アナリストらを管理しています。カンザはインド・スエズ銀行(現在は仏大手金融機関クレディ・アグリコル傘下である投資銀行クレディ・アグリコル・コーポレート・アンド・インベストメント・バンクの一部)の傘下で欧州投資を管理していたシューヴルー・ド・ヴィリューの取締役会長、英大手投資顧問シュローダーのプライベートバンク副会長兼CIOなどを歴任した後、エガートンに参加しています。

 一方、同社のCEOはゴールドマン・サックス・グループ<GS>傘下の投資顧問会社で、ヘッジファンド戦略(HFS)の共同最高執行責任者(COO)を務めていたジェフ・ブランバーグが担っているほか、同社のCOOは米投資会社オベロン・アセット・マネジメントで取締役兼ファンド・コントローラーのほか、日本株のロング・ショート戦略マネジャーを務めていたサイモン・クックが務めています。

エガートン・キャピタル組織図

 このようなエガートンですが、第21回で取り上げたクリストファー・アンソニー・ホーン卿(通称クリス・ホーン)が率いるザ・チルドレンズ・インベストメント・ファンド・マネジメント(TCI)と投資対象が似ている部分があります。TCIはLCHインベストメンツによるヘッジファンド収益ランキングにおいて2019年と2021年にランキングのトップを飾った英国のヘッジファンドですが、投資スタイルはエガートンのようなロング・ショートのストック・ピッカー(銘柄選択者)でなく、アクティビスト(物言う株主)です。

▼TCIのクリス・ホーン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【21】
https://fu.minkabu.jp/column/1320

▼TCIのクリス・ホーン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【21】
https://fu.minkabu.jp/column/1321

 しかし、例えば2021年9月末においてエガートンの買いポジションは上からアルファベット<GOOG>、カナディアン・パシフィック・レイルウェイ<CP>、チャーター・コミュニケーションズ<CHTR>という順でしたが、2021年6月末においてTCIの買いポジション一番はカナディアン・パシフィック・レイルウェイ、二番はアルファベット、そしてチャーター・コミュニケーションズは4番目でした。このように投資手法は異なっていても、目のつけ所が似ていること、数少ない銘柄に集中投資することなど、両者には共通している点があります。

 ちなみに、TCIのクリス・ホーン(第21回後編)でも取り上げたカナディアン・パシフィック・レイルウェイが米鉄道大手カンザスシティー・サザンと合併するにあたり、カナダの鉄道会社カナディアン・ナショナル・レールウェイが横槍を入れてきた件ですが、最終的にこれをはねのけ、カナディアン・パシフィック・レイルウェイはカンザスシティー・サザンとの合併合意にこぎつけました。後は米陸上運輸委員会(STB、Surface Transportation Board)の承認待ちということですが、結果が出るのは2023年1月半ばと言われています。(敬称略)

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。