デリバティブを奏でる男たち【52】 マイケル・プラットのブルークレスト(後編)

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◆JPモルガンの向こうを張って荒稼ぎ


 今回はマイケル・エドワード・プラットのブルークレスト・キャピタル・マネジメントを取り上げています。彼らの名が広く知られるきっかけとなったのは、2012年に起きた「ロンドンの鯨事件」でした。この事件は、米投資銀行のJPモルガン・チェース<JPM>が銀行のリスク管理トレードの一環として、流動性の低い二流企業の CDS 指数を買い、二流企業の破綻リスクをヘッジしていたことが始まりだったようです。しかし、リスク・ウェイトを引き下げることになり、苦肉の策として流動性の高い欧米一流企業の CDS 指数を売るといったポジションを組み合わせるロング・ショート戦略に転換しました。これで目先の損失確定の回避とリスク・ウェイトの引き下げを実現しましたが、評価損が膨らむたびに買い下がりや売り上がりでポジションを積み上げ、遂には新聞で報道されるほど目立つポジションとなってしまいました。

 こうなると、「生き馬の目を抜く」といわれる市場関係者は狙い撃ちを始めます。まず目を付けたのが、第16回で取り上げたサバ・キャピタル・マネジメントを率いるボアズ・ワインスタインでした。彼は一部のCDSが異常に安く取引されていることを盛んに呼びかけて、投資仲間を募ります。ここにブルークレストの共同創業者だったウィリアム・ハンティントン・リーブスが肩入れをしていたブルーマウンテン・キャピタルが参戦したほか、ブルークレストや第28回で取り上げたアラン・ハワードが率いるブレバン・ハワードなども追随。JPモルガン・チェースの巨額なポジションの反対売買を仕掛け、数億ドルを稼いだといわれています。

▼サバ・キャピタルのボアズ・ワインスタイン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【16】
https://fu.minkabu.jp/column/1218

▼サバ・キャピタルのボアズ・ワインスタイン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【16】
https://fu.minkabu.jp/column/1229

▼ブレバン・ハワード(前編)―デリバティブを奏でる男たち【28】
https://fu.minkabu.jp/column/1449

▼ブレバン・ハワード(後編)―デリバティブを奏でる男たち【28】
https://fu.minkabu.jp/column/1455

 

◆稼ぎ頭をスピンオフして顧客資金を返還


 これで荒稼ぎをしたブルークレストは、2012年に運用資産額が360億ドルに達して隆盛を極めました。この当時のブルークレストは、プラットの金利重視のファンドと、ブラジル生まれのレダ・ブラガが運営するブルートレンドと呼ばれるコンピューター主導のファンドが稼ぎ頭でした。しかし、この2大ファンドが2013年に損失を出してしまったことから凋落が始まりました。運用資金が減少の一途をたどったほか、2014年になると投資コンサルタント会社から利益相反の可能性が指摘されたり、投資不可能に格下げされたりなど、厳しい事態に陥ります。
 稼ぎ頭のブラガも、システマティカ・インベストメンツを設立して独立します。形式的にはブルークレストがスピンオフしたことになり、当初ブルークレストはシステマティカの株式の半分から4分の1程度を保有していたようですが、2015年に傘下に様々な専門運用子会社を抱えるマルチ・ブティック型の資産運用会社アフィリエーテッド・マネジャーズ・グループ<AMG>に売却してしまいました。その後にブルークレストは全ての外部資本70億ドルを投資家に返却。パートナーと従業員のお金を管理するファミリー・オフィスに移行すると発表します。

 

◆返還金1.7億ドル


 このようにブルークレストは、絶頂人気に陰りが見え始めた途端、引退してしまうトップアイドルのようにファミリー・オフィスへと転換したわけですが、その背景とみられるような問題が2020年末に発覚します。

 米証券取引委員会(SEC、The Securities and Exchange Commission)によると、ブルークレストが2011年に従業員の資産を運用する自己勘定ファンド(BSMA、BlueCrest Staff Managed Account)を設立して、同社の旗艦ファンドであったBCI(BlueCrest Capital International)から、成績優秀なトレーダーを移管。その一方でBCIではBSMAで行われたトレードを1日遅れで追随するアルゴリズムで運用していたというのです。これによってBCIは運用コストが大幅に改善する一方、運用成績はBSMAより劣る結果になり、これが利益相反とみられたようです。

 BSMAの存在やトップ・トレーダーの移管、あるいはBCIがBSMAに追随するアルゴリズムで運用されるようになった事実に関して、ブルークレストが不適切な開示、重大な虚偽表示、誤解を招くような不作為を、2011年から2015年の間に顧客に対して行っていた、とSECは主張しました。これに対してブルークレスト側は、その主張に同意せず、否定もしないまま、顧客への支払いを命じられた返還金1.7億ドルを支払います。

 

◆ファミリー・オフィスとなった後


 ファミリー・オフィスとなった後のブルークレストは、年平均60%の運用パフォーマンスを叩き出します。なかでも2022年はインフレと金利の上昇が債券市場を混乱させると踏んでポジションを構築し、153%と過去最高を記録するほどにパフォーマンスが回復しました。運用スタイルは、トレーダー主導の裁量的な戦略とパターン・スポッティング・コンピューター・アルゴリズムに基づく体系的な戦略を併用。前者の戦略では110の運用チームを編成し、以前では考えられないような高いレバレッジと、積極的なストップ・ロスを導入しています。5%以上の損失が出た場合は運用資産を減らす一方、勝ちトレードにはポジションを積み上げ、利益の30%を報酬としてチームに配分するようです。また、後者はブラガのシステマティカが得意としていた戦略であり、特にトレンド・フォロー型のプログラムで運用している、と考えられています。

 しかし、高いレバレッジが良い結果ばかりを招くわけではありません。禍福は糾える縄の如しです。2020年の新型コロナウイルス感染拡大によるマーケットの混乱を受け、ブルークレストは10億ドルの運用資産で8.5億ドルの損失を抱えてしまいました。米連邦準備制度理事会(FRB)による急激な流動性の拡大がなければ破綻していただろう、といわれています。さらに2021年後半にFRBがインフレ退治を優先し、急速な利上げ観測が高まった際にも短期間で5億ドルを失い、もう一度同じ損失を被れば支払い不能に陥る状態だったようです。

 また、2023年は米SVBファイナンシャル・グループ傘下のシリコンバレーバンクなどが取り付け騒ぎに見舞われて破綻。以前から経営難が囁かれていたクレディ・スイス・グループ<CS>も、スイス金融当局の主導でUBSグループ<USB>に救済合併されました。こうした一連の金融不安をきっかけに起きた市場の混乱において再び大きな損失を被ったようです。このような運用パフォーマンスの乱高下は、ファミリー・オフィスだからこそ起き得ることでしょう。

 最後に、プラットが雇用するトレーダーの条件について触れておきましょう。彼は「エッジ(優位性)を理解している人」を探しているといいます。例えば英国ロンドンと米国ワシントンでは5時間の時差があり、ロンドンで朝7時ならば、ワシントンでは真夜中の午前2時です。こうした時差を利用し、英国にて日曜日の朝早くにポーカーサイトにログインし、土曜日の夜中に帰宅して同じポーカーサイトにログインしている米国人の酔っ払いを相手に勝負をするような人物だそうです。(敬称略)
 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。