◆共同経営者の経歴
今回はタイガー・カブ(子トラ)の一人、スティーブン・フランク・マンデル・ジュニア(通称スティーブ・マンデル)のローン・パイン・キャピタルを取り上げています。同社は高い運用成績を誇っていましたが、その創業者であるスティーブ・マンデルは2019年に、デビッド・クレーバー、ケリー・グラナット、マラ・ゴパル・ガオンカーの3人を共同経営者に据え、自分はトップの座を引退。企業調査と若手の育成に従事するようになりました。
ヘッジファンドというものは、オーナー企業やカリマス経営者の会社と同様、非常に属人的な組織ですから、創業者が引退して別の者が引き継ぐことは多くありません。また、引き継いだとしても上手くいかないことが多いようです。ローン・パインのケースはどうでしょうか。
共同経営者の一人となったデビッド・クレーバーは、1992年にノースカロライナ大学チャペルヒル校で経営学士号を取得した後、ジュリアン・ハート・ロバートソン・ジュニア(1933-2022)が率いたタイガー・マネジメントで、金融セクターのアナリストとして働いていました。1995年に同社を退社して、ダートマス大学に入学。1997年にMBA(経営学修士)を取得した後は、リチャード・L・チルトン・ジュニアが率いるチルトン・インベストメント・カンパニーで再び株式アナリストとして働きます。ローン・パインに入社したのは1998年。共同経営者になる前はグローバルなファンダメンタル株式投資マネージャーを務めていました。
また、同じく共同経営者となったケリー・グラナットは、ハーバード大学とラドクリフ大学で学士号を取得した後、1996年に米投資銀行のJPモルガン(現在のJPモルガン・チェース<JPM>)のアナリストとして金融業界でのキャリアをスタートさせます。その後にハーバード・ビジネススクールでMBAを取得し、2002年にジョージ・ソロスの元右腕といわれたスティーブン・J・ギルバートが率いる米プライベート・エクイティ(PE、未上場株式)投資会社、ギルバート・グローバル・エクイティ・パートナーズで金融セクターのアナリストとして働きました。さらにチルトン・インベストメント・カンパニーの副社長を経て、ジョン・M・アンジェロ(1941-2016)とマイケル・L・ゴードンによって創設されたオルタナティブ投資会社、アンジェロ・ゴードン・アンド・カンパニーでシニアアナリストを務めます。ローン・パインに入社したのは2007年のことでした。
もう一人の共同経営者のマラ・ゴパル・ガオンカーは、1969年に米国で生まれ、主にインドで育ちました。1991年にハーバード大学で経済学の学位を取得した後は米プライベート・エクイティ投資会社、チェース・キャピタル・パートナーズ(現在のCCMPキャピタル、CCMPはケミカル・アンド・チェースおよびJPモルガンパートナーズの略)に就職。その後は米経営コンサルタント会社、ボストンコンサルティンググループに勤務しました。そして、1996年にハーバード・ビジネススクールでMBA を取得し、1998年にローン・パインの創業パートナーとして入社します。3 年後にテクノロジー、メディア、インターネット、通信といったセクター投資を担当するポートフォリオ・マネージャーに任命されました。共同経営者になる前はロング・オンリー・ファンドを担当していました。
◆最大の試練
前回も示した通り、エドモンド・デ・ロスチャイルド・グループが運営するファンド・オブ・ファンズのLCHインベストメントが毎年公表する主要ヘッジファンド利益ランキングによると、ローン・パインはスティーブ・マンデルが引退した2019年に2位、翌年の2020年は3位という高い成績を誇りました。ここまで引き継ぎは上手くいったように見えます。
ところが、ローン・パインは両年をピークにして運用成績が悪くなっていきました。2022年には共同経営者の一人であるガオンカーが辞任。2023年には、グローバル市場の幅広い分野にわたる技術革新の長期的かつ破壊的な影響に焦点を当てたヘッジファンド、サーゴキャップ・パートナーズを立ち上げます。その際には第15回で取り上げたダニエル・ローブ率いるサード・ポイントや第29回で取り上げたリー・エインズリーのマーベリック・キャピタルなどからスタッフを雇い入れ、18億ドルの運用資金を集めました。
▼サード・ポイントのダニエル・ローブ(前編)―デリバティブを奏でる男たち【15】
https://fu.minkabu.jp/column/1196
▼サード・ポイントのダニエル・ローブ(後編)―デリバティブを奏でる男たち【15】
https://fu.minkabu.jp/column/1216
▼リー・エインズリー(前編)―デリバティブを奏でる男たち【29】
https://fu.minkabu.jp/column/1465
▼リー・エインズリー(後編)―デリバティブを奏でる男たち【29】
https://fu.minkabu.jp/column/1474
その間もローン・パインの運用成績の悪化とファンドの解約は続き、2021年9月から2022年6月にかけて運用資産はロング・オンリー・ファンド部門が51.6%減少、ヘッジファンド部門は47.1%減少してしまい、2008年の金融危機前後の16カ月間に被った損失に匹敵するほどの厳しい状況に追い込まれます。対応策として、成長株の投資ウェイトを落とし、レバレッジを減らす一方、空売りを増やしたほか、大きく値を下げた家庭用高級家具の販売会社RH<RH>、世界最大の半導体受託製造会社である台湾積体電路製造(TSMC)<TSM>、北米オンデマンド型財務管理・人財管理ソフトウェアベンダー会社ワークデイ<WDAY>などを買い増ししました。
RH (週足)
台湾積体電路製造(TSMC) 週足
ワークデイ 週足
しかし、2023年にはローン・パインの総運用資産は約150億ドルと、わずか2年前の半分以下にまで減少してしまいます。2008年の危機的な状況の後、同社が回復するまで約3年の歳月を要したといいます。今回は回復するまでにどのくらいの時間が必要なのでしょうか。ガオンカーが抜けた後、新たな経営陣であるクレーバーとグラナットの手腕が試されています。(敬称略)