デリバティブを奏でる男たち【62】 ヴァレンベリ家のEQT(後編)

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◆華麗なる一族とのつながり


 今回は北欧最大のプライベート・エクイティ(PE)ファンド、EQTを紹介しています。2023年6月末現在で運用資産2240億ユーロ(1ユーロ=1.0908ドル換算で約2243億ドル)を誇る同社は、スウェーデンの産業界や外交に圧倒的な影響力を持っているヴァレンベリ家の財団資産管理会社FAM ABが出資するインベストールABによって1994年に創設されました。

 EQT創設の際、米投資会社AEAインベスターズも出資している点は前回に触れた通りです。このAEAインベスターズは、アメリカのミドルマーケット、つまり中小企業を対象とするPE投資会社であり、製造、サービス、流通、特殊化学品、消費者向け製品およびビジネスサービスといった業種を主なターゲットとして、LBO(Leveraged Buyout、多額の借金つまりレバレッジを利用した企業買収)、成長資本、劣後債や優先株といったメザニン資本などへの投資に焦点を当てています。

 こちらもヴァレンベリ家と同様に、日本ではあまり馴染みのない会社ですが、元は世界最大の米財閥ロックフェラー家の上級ファイナンシャル・アドバイザーであったジョセフ・リチャードソン・ディルワース(1916-1997)の発案により、ロックフェラー家、米メロン家、米ハリマン家と英投資銀行S.G.ウォーバーグ(1995年にスイス銀行に買収され、現在はUBSグループの一部)が設立したアメリカン・ヨーロピアン・アソシエイツという投資会社でした。かような華麗なる一族とのつながりによって創設されたのがEQTです。

 

◆EQTの歩み


 EQTは現在、AEAインベスターズと同じくベンチャー、ミドルマーケット、株式を含む成長資本への投資に加え、社会インフラや不動産を含む実物資産を主なターゲットとしています。1995年に最初のファンドが立ち上げられた際は、スウェーデンとその近隣諸国の企業を投資対象としていました。しかし、2019年にナスダック・ストックホルムに上場して以降、2021年にはアメリカ・フィラデルフィアを拠点とするエクセター・プロパティー・グループを買収し、子会社EQTエクセターとしました。また、2022年にはアジアにおける同業大手のベアリング・プライベート・エクイティ・アジアも買収。BPEA EQT Asiaとして投資対象地域を拡大させています。日本法人のEQTパートナーズジャパンは、2021年1月に設立されており、開設とともに投資ファンドの日本産業パートナーズ(JIP)との連携を発表しました。JIPは本コラムの第61回において、KKR:コールバーグ・クラビス・ロバーツが日立製作所 <6501> [東証P]から買収した日立国際電気(2017年に上場廃止)の売却先として紹介しています。

▼コールバーグのKKR(前編)―デリバティブを奏でる男たち【61】
https://fu.minkabu.jp/column/2038

▼コールバーグのKKR(後編)―デリバティブを奏でる男たち【61】
https://fu.minkabu.jp/column/2046

 このEQT では2017年以降、クリスチャン・シンディングがCEO(最高経営責任者)を務めています。1972年ノルウェーのオスロで生まれたシンディングは、1994年に米バージニア大学で商学士号を取得しました。大学卒業後はミドルマーケットの米大手投資会社ボウルズ・ホロウェル・コナー(ファースト・ユニオンが1998年に合併。ファースト・ユニオンはワコビアと合併した後、2008年にウェルズ・ファーゴが救済合併)に就職し、財務アナリストを担当します。1996年にAEAインベスターズへ転職。1998年からEQTで働いています。

 シンディングは、その成功と少年のような容姿により、ライバルたちから「童顔の暗殺者」というレッテルを貼られている、などと報じられていますが、必ずしも成功案件ばかりではありません。例えば、投資先の米ガス貯蔵会社ペレグリン・ミッドストリームは2016年、石油とガスの価格下落が原因で経営破綻に至りました。また、スカンジナビア最大の玩具メーカーでトイザらスのフランチャイズを運営していたトップ・トイも投資先でしたが、2018年に破産を宣告しています。

 

◆EQTの強みと課題


 EQTの強みは何と言っても、ヴァレンベリ家をバックグラウンドとする広範なネットワークでしょう。PE投資会社ですから、最終的には買収した企業を上場させたり、他社に売却することになりますが、その前に買収した企業の価値を高める必要があります。EQTは広範なネットワークから優秀なビジネス・リーダーを相談役として買収先に送り込み、その豊富な経営ノウハウや人脈を活用しながら、時間をかけて買収企業の成長を支援します。場合によってはシナジーが期待される企業と合併させるという方法も可能です。

 ただ、規模が大きくになるにつれて、こうしたEQTが最も得意とするきめの細かいサポートは難しくなっている、との見方もあるようです。加えて、PE投資会社を取り巻く環境も厳しくなりつつあります。2023年になってシンディングCEOは、金利上昇と景気減速から10年にわたる買収ブームにブレーキがかかり、取引活動が「大幅に鈍化」していることを警告。取引による収入が60%以上減少したほか、ファンドの資金調達が「より困難」になっていると述べました。ただ、このような投資環境の悪化は過去に何度もありましたので、同社は買収ブームに乗ってレバレッジを極大化させることなく、流行りのスパック(Special Purpose Acquisition Company、通称「空箱」といわれる買収目的会社)やクリプト(暗号資産)関連会社への投資も避けてきた、つまり極端なリスクは取っていないといいます。

 もっとも、投資環境の悪化は、余裕のあるPE投資会社にとって絶好の投資機会ではないでしょうか。環境が厳しくなれば厳しくなるほど、買収価格は下がっていきますし、極端なリスクを取った同業他社は疲弊していくからです。また、財閥は恐慌時に優良企業をタダ同然で買収することによって事業規模を拡大させてきた過去があります。これから恐慌が起きる兆しが見えているわけではありませんが、ヴァレンベリ家やロックフェラー家などの資本が間接的に入っているEQTは、そうした場面での活躍が期待できる投資会社といえるでしょう。(敬称略)

 

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。