[Vol.2104] 地球環境が救われてエネルギー価格が暴落

著者:吉田 哲
ブックマーク
原油反発。米主要株価指数の反発などで。59.05ドル/バレル近辺で推移。

金反発。米10年債利回りの反落などで。4,221.30ドル/トロイオンス近辺で推移。

上海ゴム(上海期貨交易所)反発。26年01月限は15,410元/トン付近で推移。

上海原油(上海国際能源取引中心)反発。26年01月限は453.9元/バレル付近で推移。

金・プラチナの価格差、ドル建てで2573.6ドル(前日比11.90ドル拡大)、円建てで13,649円(前日比24円縮小)。価格の関係はともに金>プラチナ。

国内市場は以下のとおり。(11月28日 17時58分時点 6番限)
21,345円/g
白金 7,696円/g
ゴム 341.7円/kg
とうもろこし (まだ出来ず)
LNG 1,799円/mmBtu(25年8月限 5月27日15時39分時点)

●NY原油先物 月足 単位:ドル/バレル
NY原油先物 月足 単位:ドル/バレル
出所:MarketSpeedⅡより筆者作成

●本日のグラフ「地球環境が救われてエネルギー価格が暴落」
前回は、「石油需要・供給は25年後に4分の1に?」として、IEAシナリオにおける世界の石油需要(2025年時点)を、確認しました。

今回は、「地球環境が救われてエネルギー価格が暴落」として、原油相場、エクソン・モービル株価、ロシアGDPの推移(1994年を100)を、確認します。

「技術革新で地球温暖化を食い止める」、とてつもないエネルギー需給の変化を想定するネット ゼロ シナリオ(NZE)は、原油価格を、どのように想定しているのでしょうか。

需要と供給、双方が2050年に4分の1に減少することをイメージするネット ゼロ シナリオ(NZE)では、2024年時点で1バレル当たり79ドル近辺で推移していた原油価格が2035年にその半値以下の33ドルとなり、温室効果ガス排出量の実質ゼロ達成が見込まれる2050年に2024年時点のおよそ3分の1の25ドルになることを想定しています。

需要と供給、双方において微減となることをイメージする公表政策シナリオ(STEPS)は、原油価格がやや低下することを想定しています。需要と供給、双方において増加することをイメージする現行政策シナリオ(CPS)は、2035年には90ドル近辺、2050年には100ドルを超えることを想定しています。100ドル超えは「石油の時代」をほうふつとさせます。

たしかに、技術革新で地球温暖化を食い止めるネット ゼロ シナリオ(NZE)は、パリ協定で掲げた目標を達成に導き、地球環境を改善させる道標だといえます。

ただ、地球環境は救えても、これによる価格急落・低迷によって、別の問題が生じる可能性に留意する必要があります。

以下は、原油相場とメジャー(国際石油資本)の一つであるエクソン・モービル社の株価、そしてロシアの国内総生産(GDP)の推移です(1994年を100として指数化)。いずれも、2000年代前半に急上昇しておよそ6倍になり、その後は半値程度になるも、2020年ごろに急反発しました。

エクソン・モービルは石油会社です。原油相場の動向は、同社の収益に大きな影響を与えます。ロシアは世界屈指の産油国です。原油相場の動向は、同国の輸出額を大きく増減させます。エクソン・モービルの株価も、ロシアのGDPも、原油相場の動向に大きな影響を受けていると言えます。

人類が一念発起し、ネット ゼロ シナリオ(NZE)を完全に履行してパリ協定順守に向けて大きな一歩を踏み出した場合、先に述べたとおり、原油相場は大暴落する可能性があります。

需要も供給も2024年から2050年にかけて4分の1になり、この頃にはもう、世界中で原油に関わらずに生活している消費者が多くなっているかもしれません。そして原油価格が何ドルであっても、社会の関心事にはならなくなっているかもしれません。

仮にそうなった場合、エクソン・モービルなどの石油会社の株価もロシアのGDPも、暴落・急減している可能性があります。もちろん、石油会社もロシアも、他のビジネスや産業を活性化させ、原油依存からの脱却を完遂させればその限りではありません。

とはいえ、長きにわたり原油に依存してきた企業や国が、あと25年間で、原油と関わらない体質に変貌を遂げることは難しいでしょう。そうなると、ネット ゼロ シナリオ(NZE)は、こうした企業や国にとって、大変に大きな脅威になると考えられます。

メジャーを中心とした西側諸国に属する石油会社の株価は軒並み急落し、これらを含んだ西側諸国の主要な株価指数もまた、下落する可能性があるでしょう。ロシアのような非西側諸国に属する産油国のGDPは相次いで急減し、政情不安が拡大する懸念も浮上するでしょう。

ネット ゼロ シナリオ(NZE)は、西側諸国に属する石油会社の株価やそれを含んだ株価指数の急落、非西側諸国に属する産油国の政情不安の急激な拡大を「同時進行させる」きっかけになる恐れがあると言えます。

西側諸国・非西側諸国での混乱の同時進行は、極端気象の常態化、海面温度上昇の加速、食料危機の頻発、水資源の深刻な不足、感染症リスクの増加、大量移住と地政学的リスクの拡大、生態系崩壊が広範で発生などの、「地球温暖化をきっかけとした混乱を回避することの代償」と表現することもできます。

地球温暖化は地球全体の問題です。本当にそうであるならば、それを解決しようとする試みも、地球全体で行われなければなりません。石油会社や産油国を、置き去りにしない策を講じることもまた、ネット ゼロ シナリオ(NZE)の柱にならなければならないでしょう。

同シナリオでは、シナリオを推進することによって不利な境遇に陥る懸念を抱える人、会社、国などに対し、余裕がある国や企業が補助(お金や情報や人材など)やさまざまな優遇などで便宜を図ることも想定していると思われますが、本業が潤う直接的な利益にはなりません。

良かれと思って実施した策が、別の混乱を引き起こさないよう、シナリオの設計と推進には細心の注意が必要です。

なぜ、パリ協定における気温上昇の幅の目安を決める基準が、「産業革命前」なのでしょうか。行き過ぎた欲望、行き過ぎた好奇心、行き過ぎた嫉妬心などがまん延する現代社会では、エネルギーの消費量が増える一方です(化石燃料の消費は減っても、電力需要は圧倒的な勢いで急増する)。

現代社会は、産業革命前の社会とは、似ても似つかない状態なのだと思います。そろそろ人類は、化石燃料だけを悪者にせず、電力を含めたエネルギーの消費量を減らすことを考える時期に来ているのだと思います。

衝撃的とも言えるネット ゼロ シナリオ(NZE)は、技術に過度に依存せずエネルギーの消費を減らすよう人類に促しているのかもしれません。

図:原油相場、エクソン・モービル株価、ロシアGDPの推移(1994年を100)
図:原油相場、エクソン・モービル株価、ロシアGDPの推移(1994年を100)
出所:世界銀行、Investing.comのデータを基に筆者作成

 

このコラムの著者

吉田 哲(ヨシダ サトル)

楽天証券経済研究所 コモディティアナリスト
1977年生まれ。超就職氷河期の2000年に、新卒で商品先物会社に入社。2007年よりネット専業の商品先物会社でコモディティアナリストとして活動を開始。2014年7月に楽天証券に入社。2015年2月より現職。「過去の常識にとらわれない解説」をモットーとし、テレビ、新聞、雑誌、インターネットなどで幅広く、情報発信を行っている。大学生と高校生の娘とのコミュニケーションの一部を、活動の幅を広げる要素として認識。キャリア形成のための、学びの場の模索も欠かさない。