マイケル・プラットのブルークレスト(前編)―デリバティブを奏でる男たち【52】―

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◆世界ランキング106位


 毎年3月に米経済誌「フォーブス」が世界長者番付を発表しています。その2023年版によると、世界最大の高級ブランドグループ、フランスのモエ・ヘネシー・ルイヴィトン(LVMH)会長兼最高経営責任者(CEO)であるベルナール・アルノーが、初めて首位となりました。推定保有資産額は2110億ドルです。今回の番付において、5位に位置しているバークシャー・ハサウェイ<BRK.B>を率いるウォーレン・バフェットが、1060億ドルと金融業界関係者の中ではトップとなりました。そこで、今回は同番付の中から、これまで取り上げてこなかった人物であるマイケル・エドワード・プラットが率いるブルークレスト・キャピタル・マネジメントを紹介します。彼の推定保有資産額は160億ドルと同番付では106位でした。

 1968年に英国ランカシャー州で生まれたプラットは、子供時代に祖母から株式投資の手ほどきを受けます。大学はインペリアル・カレッジ・ロンドンで専攻は土木工学でしたが、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに入学し直し、数学と経済学を専攻。1991年に卒業しました。卒業後は米投資銀行のJPモルガン(現在のJPモルガン・チェース<JPM>)に入社。翌年にスワップ及びオプションといったデリバティブ取引のビジネス開発部門を担当し、その2年後にはユーロ加盟11カ国に関連する全てのスワップ取引を統括する責任者になりました。そして2000年には、ウィリアム・ハンティントン・リーブスとともにブルークレスト・キャピタルを設立して独立を果たします。
 

◆帝王ソロスを断ったファンド


 ブルークレスト・キャピタルは当初、金利の取引とコンピューター・アルゴリズムを使用して債券やコモディティのトレンドを把握することに焦点を当てて運用を行っていました。しかし、その後は第25回で取り上げたイスラエル・アレクサンダー・イングランダー(通称イジー・イングランダー)率いるミレニアム・マネジメントや、第7回で取り上げたスティーブン・A・コーエンが率いていたSACキャピタル・アドバイザーズ(現在のポイント72アセット・マネジメント)に対抗して株式のトレーディングも始めました。

▼ミレニアムのイジー・イングランダー(前編)―デリバティブを奏でる男たち【25】
https://fu.minkabu.jp/column/1402

▼ミレニアムのイジー・イングランダー(後編)―デリバティブを奏でる男たち【25】
https://fu.minkabu.jp/column/1403

▼ポイント72アセットのスティーブン・A・コーエン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【7】
https://fu.minkabu.jp/column/1059

▼ポイント72アセットのスティーブン・A・コーエン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【7】
https://fu.minkabu.jp/column/1067

 2007年のサブプライム住宅ローン問題から、株式市場の暴落が待ち受けていると判断したプラットは、銀行株売り・債券買いポジションで金融危機の難を逃れ、金利低下によって利益を得ました。もっとも、2010年には英国の高い税率と厳しい規制を嫌気し、第28回で取り上げたアラン・ハワードが率いるブレバン・ハワードと同様、本社をスイスに移転させました。

▼ブレバン・ハワード(前編)―デリバティブを奏でる男たち【28】
https://fu.minkabu.jp/column/1449

▼ブレバン・ハワード(後編)―デリバティブを奏でる男たち【28】
https://fu.minkabu.jp/column/1455

 2011年には、ヘッジファンドの帝王といわれたジョージ・ソロスが、顧客資金を返還してファミリー・オフィスに転じる際、ブルークレスト・キャピタルに対して管理手数料1%、成功報酬5%という条件で10億ドル以上の運用を依頼します。ソロスの資金を運用するとなれば、業界では一目置かれますし、相当な宣伝にもなったでしょう。しかし、プラットは、多くの投資家が業界標準の料金体系である管理手数料2%、成功報酬20%を支払う用意があると述べ、この申し出を断ったといわれています。それほどまでに運用に自信があり、資金集めにも困っていなかったと想像されますが、むしろあのソロスを断ったファンドとして有名になったようです。
 

◆共同創設者リーブス


 一方、共同創設者のリーブスは1963年頃に米国で生まれ、イェール大学で英語の学士号を、ニューヨーク大学で哲学の修士号を取得しました。彼はロンドンで米投資会社フィッシャー・フランシス・ツリーズ・アンド・ワッツのファンドマネージャーを務めた後、ニューヨークとロンドンでJPモルガンのマネージング・ディレクターをしていましたが、プラットとともに独立します。

 しかし彼は、同じくJPモルガンでマネージング・ディレクターをしていたアンドリュー・フェルドシュタイン、米大手コンサルタント会社マッキンゼー・アンド・カンパニーのシニア・コンサルタントだったスティーブン・サイドロウと共同で、2003年に設立したブルーマウンテン・キャピタル・マネジメント(2019年にアシュアード・ギャランティが買収、2020年にアシュアード・インベストメント・マネジメントとなる)にも関与し、2010年にはブルークレストの持ち株を売却しました。
 

◆ロンドンの鯨事件


 このブルーマウンテン・キャピタルは、担保付きローン債務(CLO、Collateralized loan obligation)、債券、ヘルスケア関連企業を中心とするプライベート・エクイティ、その他のオルタナティブ投資など、複数のオルタナティブ資産クラスを管理し、クレジット投資にも長けていました。特に彼らの名が広く認知されるきっかけとなったのが、2012年に起きた「ロンドンの鯨事件」でした。この事件は、当時JPモルガン・チェースの最高投資責任者(CIO)であったイナ・ドリューの下で、「ロンドンの鯨」と呼ばれたトレーダー、ブルーノ・イクシルが構築したCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)などの巨大なデリバティブ・ポジションが、62億ドルにのぼる巨額の損失につながったものです。
 
 銀行のリスク管理トレードの一環として、当初は流動性の低い二流企業の CDS 指数を買い、二流企業の破綻リスクをヘッジしていました。ところが、リスク・ウェイトの引き下げが急務となり、早急にポジションを縮小する必要に迫られました。しかし、そんなことをすれば損失を免れないことから、苦肉の策として流動性の高い欧米一流企業の CDS 指数を売るといったポジションを組み合わせるロング・ショート戦略にすることで、目先の損失確定の回避とリスク・ウェイトの引き下げが行われたようです。そして、評価損が膨らむたびに買い下がりと売り上がりを繰り返し、遂には新聞で報道されるまでに目立つポジションとなってしまいました。(敬称略、後編につづく)

 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。