デリバティブを奏でる男たち【63】 マルチマネージャー・プラットフォームのショーンフェルド(前編)

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◆マルチマネージャー・プラットフォームとは

 

 今回はスティーブン・ショーンフェルドによって創設されたマルチマネージャー・プラットフォームのショーンフェルド・ストラテジック・アドバイザーズを紹介します。この会社は第58回で取り上げたバリアズニー・アセット・マネジメントを創設したドミトリー・バリアズニーが大学卒業後、思いつく限りのヘッジファンドに片っ端から採用を申し込んだものの、なかなか採用されず、ようやく就職することができた金融機関として触れました。詳細は以下をご参照ください。

▼デリバティブを奏でる男たち【58】 バリアズニー・アセットのドミトリー・バリアズニー(前編)
https://fu.minkabu.jp/column/1993

▼デリバティブを奏でる男たち【58】 バリアズニー・アセットのドミトリー・バリアズニー(後編)
https://fu.minkabu.jp/column/2001

 マルチマネージャー・プラットフォームとは、様々な投資戦略を用いる多くのヘッジファンド・マネージャーやトレーダーらに対して、運用資金の提供はもちろんのこと、税務や法務、あるいは決済やシステム・インフラ、人材獲得に至るまで、運用以外のバックオフィスやミドルオフィスといった周辺関連業務を代行する投資会社を指します。

 こうした業務を行っている代表的な会社としては、第8回で取り上げたケネス・コーデレ・グリフィン(通称ケン・グリフィン)率いるシタデルや、第25回で取り上げたイスラエル・アレクサンダー・イングランダー(通称イジー・イングランダー)が率いるミレニアム・マネジメントをはじめ、第7回で取り上げたスティーブン・A・コーエン率いるポイント72アセットなどが挙げられます。

▼シタデルのケン・グリフィン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【8】
https://fu.minkabu.jp/column/1074

▼シタデルのケン・グリフィン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【8】
https://fu.minkabu.jp/column/1084

▼ミレニアムのイジー・イングランダー(前編)―デリバティブを奏でる男たち【25】
https://fu.minkabu.jp/column/1402

▼ミレニアムのイジー・イングランダー(後編)―デリバティブを奏でる男たち【25】
https://fu.minkabu.jp/column/1403

▼ポイント72アセットのスティーブン・A・コーエン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【7】
https://fu.minkabu.jp/column/1059

▼ポイント72アセットのスティーブン・A・コーエン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【7】
https://fu.minkabu.jp/column/1067

 

◆ショーンフェルドの生い立ちと独立

 

 2022年末現在で138億ドルを運用しているショーンフェルド・ストラテジックを創設したショーンフェルドは、1956年にニューヨークで衣料品店を経営する家庭に生まれました。彼は子供の頃から統計に対して強い関心を持ち、9歳の時にサンフランシスコ・ジャイアンツのベースボール・カードの統計をすべて暗記するほどだったそうです。この統計への強い関心は後々まで続き、経営判断をする際にも統計的に優位であるかどうかを彼は常に考えていることが、パートナーから伝えられています。そんなショーンフェルドは、1981年にエモリー大学で経営学の学位を取得。1982年にブラインダー・ロビンソン・アンド・カンパニーのブローカーとしてウォール街でのキャリアをスタートさせました。

 ブラインダー・ロビンソンは当時、米国最大のペニー株取引を行う証券会社でした。ペニー株とは、一般的に株価が1ドル未満の上場株式を指しますが、米国証券取引委員会 (SEC) は、1 株5 ドル未満で取引される上場株式等を指すのに使用しています。ペニー株は専用の店頭取引所で売買されますが、米国の検察や連邦捜査局(FBI)は、ペニー株市場では詐欺が蔓延していると警戒しています。具体的には、虚偽の情報を流し、株価を吊り上げて売り逃げるという手法で、「ポンプ・アンド・ダンプ」と呼ばれています。

 こうした風説の流布は主要市場でも起こり得ることですが、ペニー株は価格が安いだけにわずかな値上がりで高い変動率が得られることから利用されやすいのでしょう。ブラインダー・ロビンソンの創業者マイヤー・ブラインダーが、この詐欺に関わっていたとして1986年にSECから訴えられ、同社も集団訴訟に見舞われて1990年に経営破綻しています。

 これに関わっていなかったショーンフェルドは1987年にプルデンシャル・バッシュ証券(2003年にワコビアと合併した後、2008年にウェルズ・ファーゴと合併)に転職してトレーディングを始めますが、翌年には退職。トレーディングで得た44万ドルの運用に専念するため、ショーンフェルド・ストラテジックの前身となるショーンフェルド・グループ・ホールディングスを設立しました。そして、1990年代にはデイトレーダーを養成して自己勘定取引を行わせるビジネスを構築します。このビジネスは2000年のITバブルで2億ドルを稼ぎますが、その後2年間はバブル崩壊で損失を余儀なくされました。

 やがてショーンフェルドは高速なコンピューター主導のシステム・トレード戦略がデイトレーダーの邪魔になっていることに気づき、システム・トレードが長期的に最も優れた戦略になると踏んで、2006年にはプラットフォームの軸足を裁量トレードからクオンツ・トレードに移しました。

 クオンツとは、企業業績や財務などのミクロ・データや経済指標などのマクロ・データ、あるいは株価や金利、為替などの値動きといったマーケット・データを数学的な手法で解析し、バリュエーション評価や市場価格の変動予測などに利用する手法、もしくはそのような方法を用いる業界関係者や関連部署を指します。

 このときショーンフェルドは、利益が出るトレード・システムの所有権をトレーダーに委ねます。つまり、利益が出れば良いのであって、それがどのようなシステムであるのかは関係ない、というスタンスです。このスタンスは他のマルチマネージャー・プラットフォームと人材を争う際、大いに役立ったそうです。(敬称略、後編につづく)
 

このコラムの著者

若桑 カズヲ(ワカクワ カズヲ)

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。