◆ドル円は150、180、200円に
今回はサブプライム問題で財を成したことで有名なヘイマン・キャピタル・マネジメントのカイル・バスを取り上げます。ヘイマン・キャピタルは自らの投資スタイルをイベント・ドリブン型のヘッジファンドと主張していますが、英フィナンシャル・タイムズ紙では空売り投資家(ショートセラー)と表現されていました。最近の報道をみても、そのような印象が伝わってきます。
▼ドル円しっかり、先週のカイル・バス氏発言なども報じられる=東京為替
https://fx.minkabu.jp/news/221538
この記事では、2022年4月の日銀金融政策決定会合において、米連邦準備制度理事会(FRB)が金融引き締めに転じても日銀は現状の緩和政策を続けるとしたことを受け、彼が「ドル円は150、180、200円に向かっていく可能性がある」とツイートした、と報じています。彼が言及した当時のドル円が130円前後であり、その5カ月後に145円レベルまでドル高・円安が進んだことから、彼の見立ては現在のところ間違っていなかったようです。ただ、このようなツイートからは、どの水準まで円安が進行するのかといった論点よりも、「投資家の円安懸念を煽りたい」といった彼の気持ちが伝わってきます。
![10月26日のチャート 10月26日のチャート](https://s3.fu.minkabu.jp/pictures/2042/original_221026_derivative_39.png)
金融業界において、自分が保有するポジションに有利な発言をすることを「ポジション・トーク」と言い、聞く方もそれなりの心構えをもって聞く必要があります。ショートセラーは発言だけでなく、詳細なレポートの公表や訴訟といった手段に加え、マスコミを利用するなど世論操作に似た手法を用いることがあります。代表的なところでは、第18回で取り上げたシトロン・リサーチのアンドリュー・レフトや第19回で取り上げたマディ・ウォーターズのカーソン・ブロック、あるいは第36回で取り上げたグリーンライト・キャピタルのデビッド・アインホーンなどでしょうか。
▼シトロン・リサーチのアンドリュー・レフト(前編)―デリバティブを奏でる男たち【18】
https://fu.minkabu.jp/column/1259
▼シトロン・リサーチのアンドリュー・レフト(後編)―デリバティブを奏でる男たち【18】
https://fu.minkabu.jp/column/1266
▼マディ・ウォーターズのカーソン・ブロック(前編)―デリバティブを奏でる男たち【19】
https://fu.minkabu.jp/column/1284
▼マディ・ウォーターズのカーソン・ブロック(後編)―デリバティブを奏でる男たち【19】
https://fu.minkabu.jp/column/1285
▼グリーンライト・キャピタルのデビッド・アインホーン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【36】
https://fu.minkabu.jp/column/1588
▼グリーンライト・キャピタルのデビッド・アインホーン(後編)―デリバティブを奏でる男たち【36】
https://fu.minkabu.jp/column/1609
◆カイル・バスの生い立ち
J・カイル・バスは、1969年に米フロリダ州マイアミで生まれました。1992年にテキサス・クリスチャン大学を優秀な成績で卒業し、不動産に関する金融の学士号を取得します。卒業後2年間は米プルデンシャル証券(2003年にワコビア証券と合併)で働き、1994年に米名門投資銀行だったベア・スターンズ(2008年に名門投資銀行JPモルガン・チェース
ベア・スターンズでは当初、ダラス事務所の株式ブローカーをしていましたが、過大評価されている株式や過小評価されている株式に注目することで成績を伸ばし、28歳で同社史上最年少のシニア・マネージング・ディレクター(執行役員)に就任します。2001年には米投資運用会社レッグ・メイソン(2020年に米投資会社フランクリン・テンプルトン・インベストメンツが買収)に転籍。彼はここで機関投資家向け株式部門の開設に携わり、資本政策にかかわる特殊状況(スペシャル・シチュエーション)の投資戦略を助言していました。
2005年にバスはレッグ・メイソンを辞め、ヘイマン・キャピタル・マネジメントを設立します。運用資金は自己資金の500万ドルを含め、3300万ドルを集めました。このときの資金提供者の中には、第15回で取り上げたアクティビスト・ファンド、サード・ポイントのダニエル・ローブが含まれていたそうです。
▼サード・ポイントのダニエル・ローブ(前編)―デリバティブを奏でる男たち【15】
https://fu.minkabu.jp/column/1196
▼サード・ポイントのダニエル・ローブ(後編)―デリバティブを奏でる男たち【15】
https://fu.minkabu.jp/column/1216
◆サブプライム・ショート
バスはサブプライム危機を予見したことで世間にその名を知らしめました。彼がサブプライム住宅ローン問題に注目するようになったきっかけは、スペインで行われた友人の結婚式に出席した際、ニューヨークの投資銀行家に出会ったことでした。このとき彼らはサブプライムのメザニンCDO(Collateralized Debt Obligation、債務担保証券)ビジネスが、どのように存在し、そのリスクをどこへ、どのように移転させるべきなのか、などを議論したそうです。
そもそもサブプライムのメザニンCDOとは、サブプライム(信用力の低い個人)向けの住宅ローンを担保にした証券化商品RMBS(Residential Mortgage Backed Securities、住宅ローン債権担保証券)を束ねて組成した証券化商品CDOのうち、格付けが中間のもの(メザニン、中二階という意味)を指します。CDOに関しては以下をご参照ください。
▼2007年 サブプライム問題(前編)―デリバティブ投資手法の進化―破壊と創造の歴史【8】
https://fu.minkabu.jp/column/724
▼2007年 サブプライム問題(後編)―デリバティブ投資手法の進化―破壊と創造の歴史【8】
https://fu.minkabu.jp/column/733
米国に戻ったバスは、私立探偵を雇って住宅ローンの貸し出し状況を調べさせたそうです。そして債務不履行になる可能性がもっとも高いRMBSを特定して、それらで組成されたCDOのCDS(Credit Default Swap、債券の債務不履行に伴うリスクを対象としたデリバティブ)をフラッグシップ(主力)・ファンドで2006年に買い、破綻の可能性に賭けました。
さらに追加資本を調達してサブプライム・クレジット・ストラテジー・ファンドを設定。合わせて1.1億ドルの資金にレバレッジを利かせ、40億ドル以上のサブプライム・ショート・ポジションを持ちます。2007年7月に彼が顧客に送ったレポートによると、追加のファンドは未だ利益を上げておらず、フラッグシップではサブプライムのほか、他の企業クレジットのショートに加え、米国以外の株式と社債をロングにするといったロング・ショート戦略を取っていたようです。その後、これらの戦略は見事に的中し、1.1億ドルの投下資金は7億ドルにも膨らみました。(敬称略、後編につづく)